第6話 スタードライブ

「空母型から、艦載機の発進を確認!」


 空母から発進した12機の戦闘機が、綺麗なフォーメーションを組んでハツヒメに襲いかかる。大気圏内での運用も考慮されているのだろう。蝙蝠に似た黒翼の機体で、全長は20メートル程。翼長に至っては30メートル近くありかなり大型だ。コクピットらしい機首にはセンサーカメラと見られる単眼が光る。また、翼下に、多数のミサイルをぶら下げているのが確認できた。


「凄い。あんな大きな機体で……」

「精鋭部隊ってところか」


 密集した艦隊の中、高速で機体を飛ばすのは相当な腕がいる。パイロット候補生でもある涼穂は、黒い戦闘機のパイロットが優れた技量を持っていることにすぐに気が付いた。

 

「手ごわそうだが振り切れるか?」

「やってみます!」


 宇宙では推力がものを言う。障害物が無ければ余裕で振り切れただろう。しかし、艦隊の合間を縫いながら飛ぶ現在の状況では、小さくて小回りの利く戦闘機を振り払うのは難しい。


 数機がハツヒメ後方に張り付き、一斉にミサイルを発射する。だが、ハツが回避行動を取ろうとする前に、涼穂がメーザーガンを起動させると、手早くミサイルを撃ち落とした。


「すまんすず! 指示が遅れた!」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「いいよ。でも、どうするあや? このまま逃げ続けるのは厳しいよ?」

「そうだな。かといって撃ち返してあっちを本気にさせても怖いし……どうするか」


 メーザーガンを警戒してか、黒翼の戦闘機は一旦ハツヒメから距離をとる。だが、諦めてはいないようで、しっかり追跡は続けている。


 艦隊の方は衝突や同士撃ちを恐れてか。ほとんどは動きを見せていない。こちらはメーザーガンを見ても気にしていないようで、無防備に横腹を晒している。小型艦の機銃程度と高を括っているようだ。


 練習艦であるハツヒメだが、主砲に1門の加速陽電子砲。副砲には32門のホーミングフェイザー砲。それに魚雷発射管を2基備えた、実はかなりの重武装艦だ。だが、武装は全て普段格納されている為、外観からそれらを確認することはできない。


「戦艦接近、数5!」

「おいおい、ぶつけてくる気か!?」


 5隻の大型艦連携して壁を作り行く手を阻んでくる。


「甘いです! スラスター噴射で次の動きがバレバレですよ!」


 彼等の戦艦は、艦体各所に備えた姿勢制御用のスラスターで機動制御を行っている。ハツはセンサーで捕らえた噴射のエネルギーとベクトルから、動きを予測して回避を取る。


 ほぼ直角に下降からのV字上昇。フェイントを織り交ぜた回避機動によって、追ってきた戦闘機が数機戦艦に衝突して爆発した。


「まったく。恨まないでくれよ?」


 ハツヒメはこれまで、ミサイルの迎撃以外で一度も攻撃はしていない。にもかかわらず、相手側の自爆、自滅、誤射で何故か被害が広がっていっている。


「正面から戦艦10、小型艦300! これを抜けるのはきついかもですね」

「くそっ! あと少しだってのに!」

「対空砲火来ます!」


 大型艦による嵐のような対空砲火が始まった。流石に全て躱すことは出来ず、ビームバリアが激しくスパークする。


 再び小型艦も追跡に加わってきた。小型艦の主砲くらいなら流れ弾が当たっても構わないと判断したらしい。小型艦の4門の砲身から、赤熱した閃光がハツヒメに向かって次々と放たれる。


「向こうも意地ですね。大型艦がなりふり構わず撃ってきたら不味いかもです」

「もしそうなったら、こっちも撃つしかない。そうなったら潰し合いだ」


 攻撃出来ない事でハツヒメも次第に追い詰められていく。だが、ハツヒメが撃てば、向こうはすぐにでも全力で潰しにくるだろう。


 彩晴は艦隊の分布図の立体映像を眺める。


(何か無いか? 状況を打破出来る何か!?)


 そんな中、意を決したように涼穂が言った。


「ハツ、ヒエンで出る。用意して」

「はぁ? お前何言ってんの!?」

「ヒエンで攪乱する。ハツヒメはその隙に離脱して」


 ヒエンとは、ハツヒメに搭載されている練習機だ。練習機とはいえ、連邦宇宙軍の主力艦載機を複座型にしただけの機体なので、戦闘力も機動力も一級品である。確かにハツヒメが離脱できるだけの隙を作り出すことは出来るかもしれない。


 涼穂の席のキャノピーが開く。指揮所を出ようとする涼穂を、彩晴も席を立って止める。


「馬鹿言うな! この状況で出ても回収できないだろ! ヒエンは単体でスタードライブ出来ないんだぞ!」


 例えヒエンを囮にしてハツヒメが無事逃げられたとしても、涼穂を置き去りにする事など、彩晴に出来るはずがない。


「でも、このままじゃ皆死んじゃうよ。それくらいなら……」

「お前ひとり死なせやしねえよ!」

「死ぬつもりなんてないよ。私の腕は知ってるでしょ? 攪乱した後は、上手く逃げて隠れてるから、後で拾ってくれればいいよ」

「駄目だ。腕が良いって言っても、ヒエンの操縦はまだVRの中だけで、実機は触った事も無いだろう? それにミサイルは訓練用のしか積んでない。バルカンフェイザー砲だけでどうするつもりだ? 大体、地の利も無いのに隠れるって何処にだよ? 後から戻って救出ミッションするくらいなら、このまま一緒にいた方がマシだ! はい論破」

「むう~~!」


 言い返す事が出来ず、悔しそうに頬を膨らませる涼穂。昔ならこの後取っ組み合いになったりもしたが、流石に今はそんな大人げない真似はしなかった。

 

「涼穂さん。どうか無茶な事は考えないでください。おふたりは必ず私が地球に帰してみせます! フィギュアヘッドの名に懸けて!」

「あや、ハツ……わかったよ。ごめん」

「大丈夫だ。皆一緒に地球に帰ろう。大丈夫。プランはある」


 ふたりに見えるように画像を開く彩晴。それはずっと眺めていた艦隊の分布図の立体映像。それを下から見たところだ。


「俺も今、気が付いた」

「これ? 何かの紋章?」


 艦隊の中心にある要塞。多数の構造体で構成された要塞は、下から見ると絵が浮かんでくる。


「翼と剣でしょうか?」

「さあな。まあ、それは今はどうでもいい。で、問題は要塞の上面だ。中心部から伸びた塔の直上。何故かここには、艦艇の姿が無い。ぽっかりと空いてるんだ」


 横から眺めていても気が付かなかった艦隊の隙。彩晴は涼穂がヒエンで出ると言い出す寸前に気が付いた。


「この塔何だろう? 大砲?」


 塔が巨大砲なら、その発射口前に艦がいないのも頷ける。


「いえ、そんな感じではありません。先端にあるのはお城のような建造物です」

「お城?」


 ハツの言う通り、要塞上部から伸びた、直径2キロ程の細長い塔の上はドームで覆われており、中にはクラシカルなデザインの西洋風の城のような建造物が見える。


「たぶん、偉い奴が住んでるんだろ? そいつは自分の頭上に艦がいるのが許せないんだ」 


 要塞上部へ侵入し、塔の根元で90度上昇。そこでスタードライブ。彩晴は立体図の中をL字を描くように指でなぞる。それが彩晴が考える脱出プランだ。


「確かにこれなら艦隊を抜けることなくスタードライブを行えます。でも、これやったら結構ヤバいことになりませんか?」


 縦横1000キロに及ぶ、巨大な紋章を描く要塞。その中心を貫くように細く伸びる一本の塔。


 この要塞の形状は、地上の人々に自分の紋章を見せつけるためのもの。塔の頂上にいるのは間違いなく星を睥睨し、艦隊を牛耳る権力者だ。


 スタードライブは安全マージンを無視して塔ぎりぎりで行うことになる。この星の権力者を挑発するような行為だが、ハツヒメ側も相手の面子に配慮する余裕はない。


「そんなのもう知らん。こっちもなりふり構っていられないだろう? すずもいいな?」

「勿論!」


 同意する涼穂。そして……


「やっぱり、キャプテンソーマは最高の艦長だね!」

「やめろ! ガキの頃のことをここで掘り返すな!」


 キャプテンソーマとその片腕ホーク。艦長ごっこに夢中になっていた子供の頃、彩晴と涼穂は自らをそう呼んでいた。


「えー!? ノリノリでテーマソングまで作ってたじゃない! 悪を許さぬ正義のソール! 響け宇宙に我らがソング! 聞け我が名はキャプテンソーマ!」

「やめろ! 人の黒歴史をほじくり返すんじゃない! 大体お前はどうなんだよ!? ホークだなんて苗字の一字だけ英語に変えるとか、そっちの方が痛いだろ!」

「仕方ないじゃない。みたかすずほって、何処をとっても良い感じの横文字の名前にはならないんだもん」

「ミタッカーでいいだろ? ミタッカーでよ!」

「やだよ! 悪の組織の幹部みたいじゃない!」


 またしても言い争いを始める彩晴と涼穂に、ハツは小さくため息を付く。アンドロイドに呼吸の必要は無いが、ため息を付きたくなることはあるのだ。


「まさか、うちの艦長と副長が、こんなくだらない夫婦漫才をしてるなんて、あちらは夢にも思わないでしょうね……」


 急制動をかけてハツヒメはやり過ごすように包囲を抜けると、艦隊中枢にある要塞へと進路を変えた。慣性制御を用いた姿勢制御機構を持つハツヒメに対し、向こうの艦隊の動きは遅い。追跡が間に合わず、あっという間に距離が開いた。


 対空砲火を掻い潜って要塞にとりつくと、壁面すれすれを飛行する。


 ハツヒメは狙いを覚らせないように、構造体に沿って飛び、巨大な塔の根元で艦首を直上に向けた。ここまで来ると追ってくる艦も戦闘機もいない。それは彼等が侵入不可能な領域にハツヒメが入り込んでいたことを示していた。


「進路クリア! 観測点……固定しました! スタードライブ行けます!」


 スタードライブは、目標として設定した観測点にむけて超空間航行路を形成し、その中を移動する地球人が編み出した、星々を渡る力である。古典SFに登場するような、ワープとは違い、一瞬で長距離を移動することはできず、まだまだ未成熟な技術といえるだろう。しかし、利点も存在する。点ではなく線で移動するため、進行方向が確保されていれば、事前に複雑な座標設定を行う必要が無いという即応性だ。


「よし! スタードライブ!」

「アイサー! 主機出力最大稼働! エネルギーウェイブ放出、スターウェイ展開! スタードライブ5秒前。前方確認よし! 3、2、1、ダイブ!」


 ハツヒメに搭載された恒星炉はその名の通り、最大出力で恒星ひとつ分に相当するエネルギーを叩き出す。その膨大なエネルギーを亜空間に向けて放出し道を作る。それがスターウェイだ。


 塔に沿って加速、スターウェイの光の中に消えるハツヒメ。


「なんだ? 人?」


 塔の中腹にあるドーム条のテラス。超空間に入る直前、彩晴はその中に人影が見えた気がした。


「人だったね」

「はい。確かに人でした」


 涼穂やハツも気が付いたようだ。


「ドレスを着た女の子がいたね。あや、これフラグ立ったかもしれないよ?」

「はぁ!? そこまで見えたのかよ!? お前どんな動体視力してんだよ!?」


 ドレスとかフラグとかよりも、まずそこにツッコミを入れてしまう彩晴。


「画像を解析してみました。流石に少しぼやけていますが、この星住んでいるのは、極めて地球人に近い種族のようです」


 ハツが解析した画像。そこにはテラスに喰いつくように、ハツヒメを眺めるドレス姿の金髪の少女が映っていた。

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