第8話 未知の世界
3万隻の艦隊からの逃走劇から3日。ハツヒメは、小惑星群の中に紛れて、ひっそりと情報収集を行っていた。
傍受した通信や、発見した難破船を探索した結果、この世界に暮らしているのは、地球人とほとんど変わらない種族であることが判明した。
それについて特に驚きはなかった。
太陽系外に、地球人と同じ種族が文明を築いていることは既に確認されていたからだ。宇宙には地球と同一の遺伝子を持った生物が数多く暮らしている。それがどういった経緯によるものかは未だ議論の最中であるが、もしかするとハツヒメは、その答えを経験することになったのかもしれない。
現在地球連邦政府が確認している地球外文明は3つ。ふたつは地球の中世くらいの文明であり、もうひとつは地球の調査船団を攻撃した文明だ。それらの文明に住む人々の遺伝子を調べた結果、凡そ1万年前に地球から移り住んだ人々の末裔であることが判明し、大きな騒ぎとなった。
政府が地球人類が太陽系のみを領土とし、他惑星への不干渉とする法を定めたのは、彼等が住む星は彼等のものであり、そのアイデンティティを侵害するべきではないという判断がなされたからだ。かつての先進国が行ってきた侵略の歴史を反省した結果であり、宇宙に散らばった同胞が自らの力で地球にたどり着くまで、静かに見守ることを決めたのである。
同時に地球が彼等に侵略されないように、連邦宇宙軍が組織され現在に至る。
この世界には特定の場所を繋ぐ、所謂ワープゲートのネットワークが実用化されており、その文明圏は外宇宙にまで広がっているようだ。ワープゲートを作り出す技術は地球には無い。その事からも、この文明の技術レベルが地球より上であることが伺える。
だが、艦船の性能を見ると、それ程進歩してはいるわけではないようだ。地球連邦宇宙軍の艦船はスタードライブを行うために、小型艦でも恒星級の出力を発揮する恒星炉を備えている。この世界でも、1000メートル以上の大型艦は恒星炉に匹敵する強力な主機を搭載しているようだが、それ以下の中型、小型艦は、地球から見て二世代は古い核融合炉を主機としていることが判明した。スタードライブのような亜空間航行を行うには明らかに出力不足であり、十分な威力の火砲も搭載できないだろうというのがハツの見解だ。また、主機だけでなく、コンピューターの性能や、素材技術は地球に比べ数世紀遅れているようだ。おそらく、戦闘になってもハツヒメの敵ではないだろう。だが、侮ることはできない。先の戦闘で小型艦はハツヒメにも脅威となる火力と機動力を発揮していた。どうやら、小型艦は大型艦からエネルギーの送信を受けることで、出力を補うことが出来るらしい。
「まるで鎖につながれているも同然じゃないですか! これじゃ上位の艦に絶対逆らえません! 小型艦は大型艦の使い走りになるしかないじゃないですか!」
宇宙でエネルギー供給を絶たれたらその艦はもう脱落し、漂流するしかない。
地球ではありえない設計思想に腹を立てるハツ。大型艦が小型艦を巻き添えにするような攻撃を平気で仕掛けてきたように、どうやらこの世界には、相当厳しい上下関係があるらしい。
「おっと、レーダーに反応有り。採掘作業の皆さんですね。お疲れ様です」
ハツヒメが隠れる小惑星群の近くには、幾つかのコロニーが存在し、数万人の人々が生活しているようだ。恐らく、小惑星群にある資源採掘の為だろう。大小様々な宇宙船が出入りしている。
「見つかると厄介ですし、早めに別の場所に移動した方がいいかもしれませんね」
すぐ近くを作業船の集団が通り過ぎていくのを確認する。外宇宙にまで進出する文明といっても、運用されている宇宙船はピンからキリまであり、世代も用途もまちまちだ。民間船の多くは地球の基準でみると旧式で、ハツヒメにとって脅威ではない。
だからといって、通報される前に沈めてしまうというわけにもいかないわけで……
リスクを負ってでも、ハツヒメがこの宙域に留まっているのは、ここに暮らす人々と友好的なコンタクトをとる糸口を見つけるためだ。彼等の持つワープゲートの技術は地球帰還の為の手がかりになりえる。彼等の協力を得るには、まず言語や、習慣の理解が必要である。
「通信を傍受してるだけでは、やはり難しいですね。協力者を見つけたいところですが、攫ってくるわけにも行きませんし……」
指令室に籠り、無人探査機が送ってくる映像や、傍受した通信の分析を行うハツ。何とか言語を翻訳するソフトを作ろうとしているが苦戦している。
「おや? 作業ポッドでまた事故ですか? この3日で5件。安全管理がざる過ぎます。ここの労組は仕事してないんですかね?」
丸いボディにアームを付けたような、作業ポッドが回転しながら宇宙を漂っている。バーニアがいかれて操縦不能に陥っているようだ。どうやら近くに救助できる船もいない。
その採掘用の作業ポッドはかなり古く、外観には多くの傷が見てとれる。整備不良なのは明らかだ。
「安全基準違反。作業機械の点検義務違反。救護者の配置義務違反。地球なら確実に事業取り消し処分の上実刑です」
どうやらこの小惑星群を拠点とする採掘者達は、地球基準では考えられないような過酷な労働を強いられているようだ。先の艦隊の戦い方といい、どうもこの文明において人の命は軽いらしい。
「人の命は星の未来なんですよっと!」
岩石に衝突しそうになったところを、無人探査機をぶつけて、軌道を変える。計算ではあと15分ほどでやってくる宇宙船に拾われるはずだ。
人知れず救助活動を行ったハツは、再び情報の分析作業へと戻っていったのだった。
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