第29話 『場所取り』/「青写真」始まり
「青写真でもいいんじゃない? それが生きる希望になるのなら」
君は事も無げに笑った。
「『生きる希望』って…大層な言い回しだね」
「結構大層なことでしょ、転職って」
この五年間、君の笑顔に何度助けられたことだろう。
令和の今、新入社員に場所取りをさせるのは、パワハラと受けとめられかねない。なにかとコンプライアンスを気にする課長は、そう危惧して中堅社員に任せようと考えたらしいけど、俺達も令和に入社した社員だよな。あ、入社時の年次としては、ギリ平成三十一年度なのか。
そもそもハラスメントと声高に叫ばれるを懸念するのならば、強制ではないにしろ全員参加が暗黙の了解な宴会自体開催しなければいいのに。課長のバランス感覚は謎だよな。
俺は職場外のコミュニケーションも大事だと心得ているから、不満を訴えるつもりは、全くない。この時間もきちんと就業時間扱いしてくれるし、逆にラッキーと思うくらいだし……。
「この際さぁ、大風呂敷を広げちゃえば?」
「ん? さっきからさ、『青写真』とか『大風呂敷』とか……もしかして、これから連想してない?」
お尻の下のブルーシートを指さした。薄桃色が儚く眩い大きな桜の木の下に広がる、雲一つない青空を反映したような簡易宴会場(予定)。
君はごまかすように曖昧な笑みを浮かべた。
「唯一残った同期が会社を去っても寂しくないのかよ? 来年は他の誰かとブルーシートを広げるんだぞ」
「それなら別の場所で、個人的にお花見すればいいじゃない」
それって……俺が会社を辞めたとしても、付き合いは続くってことか?
もしかして、ただの同期から恋人同士になれる青写真を夢見てもいいということか?
「さすがに新年度早々にいなくなるわけじゃないでしょ?」
「もちろん。転職するのもありかなと考え始めてるってだけだから……」
「同期はずっとそばにいてほしいよ……。だけど、新しい目標ができたなら応援したいじゃん」
うつむいて頬を膨らます君は、まるで子どもみたいで。
やっぱりかわいいな、としみじみ思ったんだ。
上司や同僚達が来るまであと一時間。
俺だけが描いている青写真なのかどうか、今確かめるべきかな。
俺は君の隣という場所取りに成功できるのかな。
君にとっては「ただの同期」で、「同期がいなくなるのが寂しいだけ」なら、地獄の一時間を過ごすことになる。
ほんの少しだけ手を伸ばしたら届きそうな、ブルーシートの上に置かれた君の手に触れるべきか逡巡している。
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