第30話 『誕生日祝い』/「閏年」始まり指定
「閏年の2月29日って何かすることあったっけ?」
大学の学食で、レポート提出期限を確認している時に友達が呟いた。
「え……別にないだろ」
「ジャンプ?」
「それは『年越しに俺は地球上に居なかった』と主張するやーつ」
「厨二病くさいな」
「俺、2月29日に何かあった気がするんだけど……」
「うちのじいちゃん、『時計を合わせなならん』と騒いでたぜ」
「時計? ……なんで?」
「ほら、共通テストを受験する時に推奨されたアナログ時計ってあるだろ?」
「あれは閏年に調整が必要なんだってさ」
「366日だと日付が狂うからか」
俺らのほとんどがスマホを見ることで時間を確認している。
キャンパス内を見回しても、腕時計をしている学生は少ない。
腕に巻いているのもスマートウォッチなどのウェアラブル端末なことが多い。
そこから、アナログについての持論合戦が始まり、俺の「2月29日に何かあった気がする」モヤモヤが解消されることはなかった。
「この間久しぶりに俺宛のハガキが届いて……なんかエモかったわ」
「DMでのやりとりがメインで、わざわざ手書きで手紙書かねーもんな」
「ま、手書きじゃなくプリントアウトだったけど」
「あ、そう。何かお知らせ系?」
「同窓会の出欠確認だよ」
「……あっ!」
モヤモヤの原因である「2月29日の何か」を思い出し、すぐにでも友達たちに話したかったのだが、次の講義が始まる時間になった。慌てて講義室へ移動する。
私語に厳しい教授の講義だったので、俺は自分の頭の中だけで情報を整理した。懐かしい幼馴染みのことを回想する。
「俺、4年に一回しか歳とらねーんだ!」
幼稚園生からの幼馴染みは、なぜか自慢げに言った。
「どういうこと!?」
小学2年生のクソガキだった俺は、超人的な響きに興奮して聞き返したような気がする。
「2月29日生まれだからさ。本当の誕生日は、閏年の年にしか来ないんだ」
「おぉー、すげー!」
「オリンピックイヤーに誕生日祝いと覚えておけよ」
中学生になる前に転校してしまった幼馴染み。
東京オリンピックの開催がズレた前例ができて、必ずしもオリンピックイヤーとは言えなくなったことをどう思っているのかな。
だいだい、オリンピックを意識する頃には、既に誕生日は過ぎ去っている。
実際にオリンピックが開催されている期間は、日本人のメダルラッシュが起きればそれなりに盛り上がって、テレビ報道に意識が向いている。
そもそも学生なんて、その時期は自分が夏休みの一日一日をどう過ごすかで頭がいっぱいだ。
今の今まで、オリンピックイヤーとあいつの誕生日を結び付けて考えたことは、一度もなかった。
あいつは今、どうしているのだろう……。
俺らが小学生の頃は、自分のスマホを持っているやつの方が少なかった。
学校外で連絡をとる手段としては、親同士がつながっていることが重要だった。
〔俺の小学生時代の友達の親と今も連絡とってる?〕
母に家族のグループチャットで聞いてみた。
カップラーメンが出来上がる前、3分も待たずに即レスがきた。
〔全く連絡とってない〕
〔連絡先さえ消しちゃったわ〕
〔でも、なんで?〕
〔誰かと連絡とりたいの?〕
メッセージが鳴り止まない。
普段家族のグループチャット内での会話のラリーに参加しない、母からの生存確認にも2回に1回しか返信しない俺からのメッセージに、俄然はりきって入力しているのだろう。
母と一対一でやりとりしたら面倒くさいことになりそうだから、はじめから対策として、個人チャットじゃなくグループチャットにしておいたんだよ。既読スルーしても、まだ逃げ場があるからね。
実家に残っている妹あたりがフォローしたり、拗ねた母のお守りをしてくれるだろうし。……親元を離れたのに大人な対応がいつまでもできない。
厨二病くさいのは、俺の方かもしれないな。
〔いや、連絡先知らないならもういいよ。この話は終わり〕
母からの連続通知を打ち切るために、メッセージを送信した。
あんなに仲がよかったのにな。
ママ友を超えた友達だなんて言っていたのに……。
いや、俺に母親を責める資格はないか。
あいつが転校した時、「これからもずっと友達だから」と泣いたのに。
手紙のやりとりは、わずか2往復くらいで途絶えたはず。
その手紙も……今となっては、どこにあるかわからない。
アナログもアナログで、やる気次第で容易に途絶えてしまうデメリットがある。
エモくもなんともない話だ。
誕生日をヒントにSNSで検索してみようかと迷ったけど、今時リスクのある本名でアカウントを作成している人は稀だ。
もし辿り着いたとしても、今さら何を話せばいいのかわからないしな。
あいつがこの世界のどこかで、元気でいればそれでいい。
2月29日になる瞬間、心の中で「誕生日おめでとう!」と言いながら、軽くジャンプした。
アパートの下の住人から、ドンと突かれた。
クラッカーを鳴らしたい気持ちを抑えた分、大人になったと思って許してほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます