第15話 『アオハルの片棒を担ぐ』/「文化祭」始まり指定

 文化祭のハイライトは、後夜祭。

文化祭自体は後夜祭のための前座といってもいいくらい。……というのは大げさか。

実行委員から大目玉を食いそうだ。


 後夜祭は、別名「カップル製造機会」と呼ばれている。受け継がれている伝承のようなもので、由来や命名者は不詳。あ、由来は単純か。その名の通り「カップルがたくさん生まれるチャンスの場」だから。

製造機械をもじっているのだろう。元男子校だった工業高校と元女子校だった商業高校が統合して誕生した、総合高校なだけはある。

 近年進学校においては、後夜祭が軒並み廃止されているらしい。どうしても夜遅くまでになってしまうため、近隣住民からの苦情対策の側面が強いようだ。建前の後ろに隠された、教員達の「不純異性交遊」を防ぐという目的も含みそうだけど。

「不純異性交遊」ってなんだか気持ち悪い言葉。まだ「不健全性的行為」と言われた方が潔い気がする。……話が逸れた。

あ、でも、関係してるか。私・青山遥香(16歳)は、俄然その「不健全性的行為」に興味津々だから。


 後夜祭のクライマックスである、全校生徒が集うペアダンスに誘うことが、愛の告白を意味する。愛の告白なんてクサい言い回しだけど、一口に告白といったっていろいろあるからね。

先日、クラスメイトが「実は俺……ゲイなんだ」って仲間内で告白した。案外あっさり受け入れられていた。さすが令和の高校生。……話が逸れた。

すぐ話が逸れるのは、私の悪い癖。よく「遥香は話題泥棒だよね」と言われてしまうくらい、人の話の途中で口を挟んじゃうし。気をつけないと、ハブられるかな。

今時ゲイでもきちんと周りに配慮できる人は偏見の目で見られないけど、空気が読めない奴は途端に制裁食らうからね。


 文化祭の前日、御多分に漏れず、私もまんまと「カップル製造機会」を活かして、部活の先輩に告白した。

だって、受験生になる高校2年生までにいろいろ経験しておきたい。うちの高校は進学率70%くらい。いまだに就職率が割と高めだけど、私は進学するつもり。だって、その方がなにかとねぇ……。

見事愛の告白は成功し、付き合うことになった。


 文化祭の翌週に初デート。

「遥香」

 今までは「青山」って呼ばれていたのに……うーん、カップルっぽい。

私は、今しか味わえないアオハルを噛みしめていた。

「健全異性交遊」の今日のデートプランは、しっかりとママにも報告済み。

帰りの電車の時刻も約束してあって、自主的に門限を設けた。映画を観終わってからカフェでお茶した後は、今日は夕飯を食べずにバイバイ予定。


 ホームに着いたら、発車ベルが鳴った。

彼氏が咄嗟に私の手をひいて、駆け込み乗車。

「え……」

 呆気にとられた。

「次の電車で大丈夫だったのに」

「そうだけど。目の前に乗れそうな電車があったら、乗るもんでしょ、普通」

 繋いでいた手を反射的にふりほどいて、初めて自分の気持ちを知る。

あぁ、私、駆け込み乗車しただけだ……。「カップル製造機会」が目の前にあったから、飛び乗っただけ。

現に先輩の手に包まれた瞬間、ゾワッとしてしまった。普通好きな人にだったら、もっと触れられたいと思うものでしょ。これ以上の「不健全性的行為」には進めそうにない。


「先輩……今さら申し訳ないですけど……、なんか違ったみたいです」

 カップル成立してからはタメ口になっていたけど、無意識に敬語に戻っていた。

ふりほどかれた自分の手を見つめつつ、先輩が答えた。

「あ、大丈夫、大丈夫。俺も今日一日一緒に過ごして……なんか違うなって」

「うへ!?」

 自分がフる立場だという無意識なマウントが働いていた私は、まぬけな声を出してしまった。

「なんか……言葉のチョイスが令和の高校生と思えないくらい渋い……、いや、その、独特だし。俺の話を最後まで聞かないで、自分の話しだすし」

「す、すいません! 気をつけていたつもりなんですけど、私の悪い癖で……」

「あ、ごめん、ごめん。そんなに気にしないで。俺も『彼女が欲しい』っていうのがあって、告白をオーケーしたようなもんだし」

 先輩にとってもこれは恋ではなく、不純な動機があったってことね……。

自分のことを電車の網棚に上げて、シュンとしてしまった。

「あ、もちろん、もちろん、青山のことは、前からかわいい後輩だと思ってたよ」

 空気の読める先輩は、必死にフォローしてくれた。もう二度と「遥香」とは呼ばれないだろう。

「お互い文化祭の雰囲気に呑まれたっていうか、アオハルの片棒を担いじゃったって感じですかね」

「……うん。さっき言ったのは、そういう言い回しな」

「渋いですか?」

「あ、ごめん、ごめん。渋いっていうのは言葉のあやで。独特で面白いと思うよ、お、俺はね。ただ恋愛向きじゃないっていうか……。あ、また余計なことを」

「先輩もなかなかに失言多いですよ」

 顔を見合わせて笑った。

「これからも、先輩・後輩としてよろしく」

 こうして私の人生初デートは、恋に発展することなく、門限より早く終わった。


「おはよ。初デートどうだった?」

 月曜日、翔太は登校早々、興味津々の様子で私の机までやってきた。

「始まらずに終わった恋でした」

「なにそれ、どういうこと?」

 休み時間になったら、仲間達に囲まれて、詳しく報告する義務があるだろう。

文化祭準備期間中に彼らが愛の告白をせっついてきたことによって、勇気を出せたのだし。でもなぁ。おかげでもあり……せいでもある。目の前に乗れそうな電車があったから、乗る羽目になった。


 あとは、翔太。さっき「始まらずに終わった恋でした」と言ったのは、先輩に対してだけじゃなく、君に対しての台詞でもあるんだよ。

君が「実は俺……ゲイなんだ」と告白してくれたのは、仲間達を信頼していたからこそだよね。ありがたいことに、その中に私も含まれている。

 だけど、その瞬間、私の恋は始まらずに終わっていたんだ。

先輩に駆け込み乗車しようとした一因でもあるかもしれない。もちろん、しっかりと気持ちを切り替えていたつもりだったから、後夜祭の時は「これは恋だ」と自分を信じ込ませていたけれど……。


 久しぶりに翔太とがっつり目と目を合わせて会話したけど、「恋愛対象として見られることはない」ことに対してのチクチクする痛みは、もうなかった。

そして、やっぱり人としても翔太のことが好きだと気づいた。

「遥香のワードセンス好きなんだよね。一番話すのが楽しい相手」と言ってくれるのなんて、翔太くらいだし。今後は、腹を割ってなんでも話せる親友になりたい。

 いつか、積極的に「不純異性交遊」をしたいと思えるような、本当に好きな人が現れるまで、「異性だけど同性的純粋交遊」をしていこうではないか、親友よ。

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