第13話 『贖罪のファンレター』/「ヒマワリへ」始まり指定

ヒマワリへ


君は僕を明るく照らしてくれる存在。

しっかりと土に根を張り、ぐんぐん上へ上へと伸びていく。

太陽に向かって真っ直ぐに堂々と花を咲かせている。

どうかそのまま成長して、毎年夏を彩ってほしい。


君の一番のファンより




 出すつもりのないファンレターを今年も綴っている。

日向で輝くヒマワリと正反対の日陰者から手紙を受け取っても、うれしくないだろうと遠慮して。出すつもりもないのに、「君」や「僕」と猫かぶりな文章を書く自分に苦笑した。

 それにしても……去年も感心したが、この一年間で更に歌唱力と表現力がアップしていたのには驚いた。

不覚にもバラードを聴いて涙が止まらなかった……。

でも、瞳を潤ませていたのは俺だけじゃない。

いつもは問題児の荒くれ者も嗚咽を漏らしていた。


 強盗や殺人などの凶悪犯が集う、いわば悪党が勢揃いのこの空間の空気を自分のものにしていたのは、あっぱれだったな。

新聞を読んだけど、【刑務所への慰問はライフワークにしたい】と記者に語っていた。

もちろん、そこに本人のバックグラウンドは記されていない。

本名・出身地・年齢その他、全て非公開の歌手だから。


 名字を変え、生まれ育った街から遠くへ引っ越した……というか逃げなければならなかったから、彼女の素性を知る者はいない。

芸能界は、一般企業へ就職するよりもその辺の敷居が低く、間口が広いのかもしれない。


 もしもコメンテーターだとしたら、その人自身の性格や主張がコメントに反映されるものだ。生まれ育った環境や受けた教育なども大きく影響するだろう。

だが、シンガーやダンサー、俳優等のアーティストは、要は芸が優れているかどうか。実力至上主義のセカイ。

たとえ人となりがどうであれ、芸が需要に達していれば、世間から必要とされる。きっと履歴書さえ必要のないシャカイ。


 幼いうちから働かざるを得なかった環境にしてしまったのは、非常に申し訳なかった。

だけど、現在の地位があるのは、彼女自身の実力や輝きのおかげだ。

決して取材で話すことはないだろうが、自分が犯罪者の娘だということも彼女の行動に大きな影響を及ぼしているのだろう。

自分の父親が居るとは知らない刑務所慰問のステージで、曇りのない透明な歌声を披露していた、稀代の歌姫「ヒマワリ」。


 もっと悲壮感漂う芸名を選んでもおかしくはなかったのに、明るいイメージの夏の花であるヒマワリという名前を選んでくれたのは、俺にとっても救いだった。

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