第4話 『消失』/「消えた鍵」始まり指定

 消えた鍵穴からは、何も見えない。

当たり前だ。鍵穴自体が「無い」のだから。

鍵穴があった時分も、覗いたところで、真っ暗闇が広がっているだけだったけど。

それでも、目を凝らせば、なんとか一筋の光くらいは……いつか見えるんじゃないかと希望が持てた。

しかし、今の僕は、絶望という名の閉ざされたドアの前に立ちすくむしかない。


「では、私が鍵穴を作って差し上げましょう」

 千枚通しを手に現れた、いかにもひ弱そうな男。

「技能も情熱もない君にこじ開けることは無理だろう」

 男はかぶりを振って、自信満々に答えた。

「私は、必ずあなたの力になってみせます」

 どこからか電気ドリルを持ってきたが、彼には扱いきれなくて断念した……。


「先生。スランプに陥った後書こうとする気力さえ消失し、かといって編集者のアドバイスも聞く耳持たない現状を……そんな風に描写できるのなら、もうスランプは脱出してますって。原稿くださいよ」


 ひ弱な編集者が、スケジュールが書かれた手帳を片手に催促してきた。

「ほらほら、鍵穴はここにありますって」

 粗雑に私が愛用しているノートPCを開いた。


 あの頃のワクワクしながら鍵を開けるような感覚は、職業作家になった時点で消えていた。

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