第29話
そこにはさっき逃げたはずの男がいて、後からジュンイチの首にナイフを突きつけていたのだ。
ジュンイチは真っ青でガタガタと震えている。
「こいつを落としてしまってね、戻ってみればお前らがいたんだ」
深く帽子をかぶった犯人が右手に持ったスマホを見せてきた。
犯人は現場にスマホを落としたことに気がついて、慌てて戻ってきたようだ。
そこでテツヤたちと鉢合わせしてしまったのだ。
一瞬にしてテツヤとカツユキの顔が青ざめる。
逃げようにも男の睨みが体中にがんじがらめに絡みついて、足が動かなくなってしまった。
呼吸が荒くなり、背中に冷や汗が流れていく。
「お前らここでなにしてた? まさか俺を捕まえるために警察を呼ぼうとしてたんじゃないよなぁ?」
男の声は粘ついていて絡みついてくる。
テツヤはその声を聞いているだけで腰から砕け落ちてしまいそうだった。
「ち、違います」
震える声で答えたのはカツユキだった。
カツユキだって全身を震わせているが、どうにか受け答えができている。
「そんなの信用できるかよ! お前、さっき警察に電話してたもんなぁ?」
男の視線がジュンイチへ向かった。
ジュンイチはビクリと体をはねさせてその瞬間に首元に当てられていたナイフが一瞬だけ深く食い込んだ。
ナイフと首の間に隙間ができた時、一筋の血が流れ落ちていく。
鋭く研ぎ澄まされたナイフの刃は簡単に人の肌を切り裂くことができるのだとわかった。
「そうだいいことを考えたぞ!」
男が大きな声を上げたのでテツヤはついにその場に尻もちをついてしまった。
とっさに立ち上がろうとするけれど、うまくいかない。
すっかり腰がぬけてしまったのだ。
「この家に侵入したのはお前らだ。俺はお前らを捕まえるためにこの家に入った。
だけど惜しくも取り逃がしてしまい、金品も持っていかれた。そういう筋書きだ。どうだ?」
男がニヤニヤとした笑みを浮かべて架空のストーリーを作り上げる。
そんな……!
テツヤは腰をぬかしたままで下唇を噛みしめる。
自分たちは探偵団だ。
困っている人を助けるのが仕事だ!
「そうすればお前らは俺に殺されずにここから出ることができる。そして俺は金品をいただくことができるっていうわけだ。なかなかいいアイデアだろう?」
男は舌なめずりをして言った。
どこまでも卑怯なやつだ。
この交渉を断れば3人とも殺すと言っているのだ。
どうする?
どうすればいい?
こんなときに本物の探偵なら、どう切り抜ける……!?
テツヤは壁に手をついてどうにか立ち上がる。
そしてジュンイチへ視線を向けた。
ジュンイチは真っ青な顔をこちらへ向けて、カバンは床に落ちていた。
テツヤはそのカバンについているストラップへ視線を向けた。
『防犯ブザーだよ。何かあったときのために持ってきた』
教室内でした会話を思い出す。
あの楕円形のストラップは防犯ブザーだ。
きっと家の中でスイッチを入れても外まで聞こえるような大きな音がする。
「おい、どうするかって聞いってんだよ!」
男が怒鳴り声を上げると同時に、ジュンイチのカバンを蹴り上げた。
カバンは高く宙を舞って、ボスンッと音を立ててテツヤの前に落下してきた。
手を伸ばせばすぐにでも届く位置だ。
だけど変に動けば男を刺激してしまい、ジュンイチを斬りつけるかもしれない。
「わ、わかったよ。あんたの言うとおりにする」
答えたのはカツユキだった。
カツユキはジュンイチの防犯ブザーとテツヤを交互に見ている。
カツユキも防犯ブザーの存在に気がついていたみたいだ。
テツヤは小さく頷いてそっと手を伸ばす。
「俺たちが犯人ってことで問題ない。だから、友達を離してくれ」
カツユキはそう言いながらゆっくりと移動して、男の視線を防犯ブザーから遠ざける。
「物分りのいい友達で命拾いしたな」
男がナイフを持つ手の力を緩める。
そのタイミングでジュンイチが男の腕に噛み付いた。
ナイフが音を立てて落下する。
落ちたナイフをカツユキが取り上げて男へ切っ先を向ける。
そしてジュンイチは転がるようにして男から逃げる。
そのときにはすでに防犯ブザーの音が家中に響き渡っていた。
隣の家から人が出てくる音、近づいてくる音が聞こえてくる。
「どうした!? 大丈夫か!?」
窓から隣の家の男性が顔をのぞかせたとき、テツヤはまた力を失ってその場に座り込んでしまったのだった。
未来のために
テツヤたちの勇気ある行動はまたまた新聞やニュースで取り上げられることになった。
だけど3人は終始うつむき、無茶なことをしてしまったこと、防犯ブザーやお隣さんが来てくれなければ命が危なかったことを語った。
絶対に自分たちの真似をしてはいけないとも。
今までと違う態度の3人に周囲の人たちは戸惑った様子だったが、自分の身の丈にあった人助けをすることの大切さを伝えたいのだとすぐに理解してくれた。
といっても学校内ではそうもいかなかった。
陸上部で瞬足を見せたこともあり、大いに盛り上がってしまっていた。
だけどテツヤは忘れなかった。
あの時、他人の家の中で死ぬかもしれないと思ったこと。
ジュンイチも、首の傷の痛みを忘れることはなかった。
そしてカツユキも、なにもできずに震えていた気持ちを忘れなかった。
「これから先、探偵団はどうする?」
ある日の放課後、カツユキがテツヤへ向けて聞いた。
一番探偵団をやる気だったのはテツヤだからだ。
「どうしようかな」
言いながらも、もう探偵団は解散だと感じていた。
あれだけ恐ろしい経験をまたするなんて考えられないことだった。
ドリンクがない自分たちは無力だ。
それを改めて感じさせられた。
「探偵団はもう……」
そう言いかけた時、勢いよく教室のドアが開いた。
駆け込んできたのは西川さんだ。
「探偵団のみんな! 助けてほしいの!」
普段おとなしい西川さんの切羽詰まった様子に3人は顔を見合わせる。
「でも、探偵団はもう」
言いかけるテツヤをジュンイチが手でせいした。
「話くらい聞いてもいいんじゃないか? 学校内の悩みなら解決できるかもしれない」
その言葉にテツヤは西川さんを見つめた。
西川さんは呼吸を整えて、そしてすがるような視線を3人へ向ける。
「園芸部でまた花壇荒らしが出たの!」
「また?」
カツユキが眉を寄せる。
「お願い、花壇荒らしを特定して園芸部を助けて!」
西川さんの言葉に3人は顔を見合わせた。
「まぁ、俺達にはこのくらいの仕事がちょうどいいかな」
「そうだな。なぁ決めるのはテツヤだぞ?」
2人から視線を向けられたテツヤは勢いよく席をたった。
そして胸を張る。
「もちろん。任せてくれよ、俺たち放課後探偵団に!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます