第28話

ドリンクがなくても人の役に立つことはできる。



探偵としての意地とプライド、それに今まで勝ってきた経験がテツヤに自信をもたせていた。



自分は将来本物の探偵になる。



ちゃんと事務所を開設して、1人か2人従業員も雇うんだ。



街で一番信用できる探偵事務所として有名になることが、テツヤの目標だった。



「今日も街の見回りに行くのか?」



ドリンクの飲み干してしまった翌日、ジュンイチがテツヤにそう声をかけてきた。



「当たり前だろ。俺たち放課後探偵団なんだから」



テツヤはすでに見回りに行く気まんまんで準備を進めている。



「1人じゃ危ない。俺も一緒に行く」



そう言うジュンイチは手に見慣れないストラップを持っていた。



楕円形で、首にかけられるような長い紐がついている。



ジュンイチはそれを自分のカバンにくっつけはじめた。



「それなんだよ?」



「防犯ブザーだよ。何かあったときのために持ってきた」



「おいおい、冗談だろ?」



言ったのはカツユキだった。



カツユキも見回りには行く気のようで、すでに準備ができている。



「俺たちが事件を解決するんだ。ブザーなんて必要ない」



テツヤの言葉にジュンイチは左右に首を振った。



「もう俺たちに能力ドリンクはないんだ。大人たちが言っていたように無茶なことはできない」



ジュンイチの意見は正しいとわかっている。



それでもテツヤとカツユキの2人は納得できなかった。



ここまで自分たちの力だけで沢山の事件を解決してきたのに、まだ自分の力が信じられていないジュンイチを哀れに感じていた。



「好きにしろよ」



テツヤはふんっと鼻で笑って、教室を出たのだった。


☆☆☆


街はとても穏やかだった。



最近の3人の活躍もあり、悪いことを考えている人たちが少なくなってきたのかもしれない。



「あら、3人共今日も見回り?」



「いつもありがとうね。これクッキー。よかったら食べてね」



街を歩いているだけでそんなふうに声をかけてくれる人も増えてきた。



3人が見回りをしてくれるから安心できるという人もいる。



「やっぱり、どこにもドリンクがないな」



歩きながら自販機を確認していたジュンイチがつぶやく。



「もういいだろドリンクのことなんて」



テツヤがうんざりした様子で言った。



「だって、あれがないと俺たちはなにもできないだろ?」



「そんなことない。俺たちだからこそ、ここまでできたんだ」



テツヤは左右に首を振り、ジュンイチの言葉を否定した。



ジュンイチは驚いてテツヤとカツユキを交互に見つめるが、2人共自分の力を信じて疑っていない。



1人立ち尽くしてしまったジュンイチを置いて再びあるき出す。



「ジュンイチは頭は良いけれど少し慎重すぎるんだ。犯人を捕まえるためには勢いも必要だ」



カツユキが小枝を拾って振り回しながら言う。



テツヤもその意見には賛成だった。



一番最初にドリンクを飲んだ時、恐怖心が消えていったのを感じた。



だからこそ動くことができたんだ。



ということはビクビクしていてはなにもできないということだ。



恐怖心を捨てて立ち向かえば次だってきっとうまくいく。



ようやくカツユキが追いついてきた音が聞こえてきたとき、細い道路を挟んで向こう家から帽子を深くかぶった男が飛び出してくるのが見えた。



男は玄関からではなく、窓から転げるようにして逃げ出してきたのだ。



3人はその光景に足を止めて、一瞬頭の中が真っ白になる。



だけど今のは明らかに様子がおかしい。



この家の人じゃなかったのかもしれない。



そう判断したテツヤはすぐに家の玄関チャイムを鳴らしてみた。



中からは誰も出てこないし、人がいるような気配も感じられない。



次に男が出てきた窓から室内を見ていた。



そこはリビングルームのようだが引き出しはすべて開けられ、中のものが散乱している。



「泥棒だ!」



とっさにテツヤは叫んでいた。



さっきの男はきっと泥棒だ。



この家に住人がいないことを確認して侵入して、なにかを盗んで逃げたに違いない。



すぐに男を追いかけようとしたテツヤをジュウンイチが止めた。



「待て! 家の中に誰かいないか確認しないと!」



「なに言ってんだよ。さっきチャイムを鳴らしても誰も出てこなかっただろ」



それより犯人を追いかける方が先だと思ったが、ジュンイチの目が涙で潤んでいることに気がついてハッとした。



そうか、中から返事がないのは誰もいないからという理由だけじゃない。



あの男に攻撃されて出てこられない状態でいるかもしれないんだ!



そう理解した瞬間恐怖心が体を包み込んだ。



逃げていった男は手にナイフとか、凶器になるものを持っていなかったか?



思い出そうとしても思い出せない。



「とにかく中に入って人がいないか確認しよう。それから警察に連絡だ」



ジュンイチは強い声で言い、窓から室内へと入っていったのだった。



「誰かいませんか? 大丈夫ですか?」



3人で声をかけながら家の中を歩き回る。



あちこちの部屋が荒らされているようだけれど、人が倒れていることはなかった。



ひとまず安心してリビングに集まり、ジュンイチはスマホを取り出した。



これから警察に連絡するのだ。



今から犯人を追いかけたってどうせ追いつけない。



ドリンクはもうないんだから。



他の2人も黙ってジュンイチにまかせていた。



電波状況があまりよくないのかジュンイチは電話を耳に当てたまま入ってきた窓辺へと移動した。



「結局警察の世話になるのか」



カツユキはまだ納得できていない様子でつぶやいている。



だけど他に方法はない。



犯人に攻撃された人がいるかもしれないと考えた時、恐怖で震えてしまった。



被害者はいないとわかった今でも体が小刻みに震えている。



ドリンクのせいで自分はもっと強い人間なのだと思っていたけれど、本質的な部分はなにも変わっていなかったんだ。



そう思い知らされてテツヤは下唇を噛みしめる。



もっと強くなりたい。



もっともっっと。



そう願ったときだった。



「逃げろ!!」



突然ジュンイチのそんな声が聞こえてきて2人は同時に振り向いた。

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