第27話
静かにテツヤへ近づいてみると、その前方にはグリーンの長袖を着た男が歩いているのが見えた。
「あの男、さっきから様子がおかしいんだ」
声をひそめるテツヤ。
なにがどうおかしいのか質問しようとしたとき、男が電信柱の影に身を隠したのがわかった。
道の先には白いブラウスを着た女性がいて、なにかの気配を感じ取って振り向いたところだった。
「まさか、またストーカーか?」
家に男が侵入していたときのことを思い出し、カツユキは生唾を飲み込んだ。
「わからない。でも、さっきからあの女性の後をずーっと追いかけているみたいなんだ」
テツヤがそういうのなら間違いはないんだろう。
女子生徒からモテるだのなんだのと会話をしながらも、しっかりと周囲を確認していることにジュンイチは関心した。
さすが、探偵ものが好きなだけはある。
「少し後を付けてみようか」
「でも、俺たち3人で尾行したらすぐにバレるんじゃないか?」
テツヤに言われてジュンイチは考え込んでしまった。
確かにそのとおりだ。
人数が多ければ多いほど相手の男にバレて逃げられてしまうかもしれない。
犯人を捕まえることができなければ、被害者はまた同じような恐怖を味わうことになる可能性だってある。
かと言って中学生が1人で追いかけてどうにかなるとも思えない。
どうするのがいいだろう。
考えている間にも女性と男はどんどん先へ進んでいってしまい、角を曲がればその姿は見えなくなってしまう。
「ドリンクを使おう」
言ったのはテツヤだった。
「でもあと少しでなくなるぞ」
カツユキがペットボトルを振って見せた。
それぞれ一口分くらいしか残っていない。
だけど、今使わないでいつ使うんだ?
テツヤはそう思ったのだ。
「俺は飲む。お前らはここにいればいい」
テツヤはそう言うと、ドリンクを飲み干してしまった。
空のペットボトルをゴミ箱へ投げ込んで、男女の後を追いかけていく。
その尾行の仕方はまるで本物の探偵のようで、足音ひとつしなかった。
こうしてテツヤの姿を見ているのに、その気配は全く感じられない。
しっかり見ていないとテツヤの体は景色と同化して認識できなくなってしまいそうだった。
これならバレない!
ジュンイチは覚悟を決めてドリンクを飲んだ。
それを見ていたカツユキも続けてドリンクを飲み干す。
みんなのドリンクは空になってしまった。
代わりに気配を消すことのできた3人は大急ぎで男女の後を追いかける。
女性は細い路地へ入り、男性もそれに続く。
周囲はビルの高い壁に覆われていて人気もない。
聞こえてくるのは鳥の声と、男女の足音だけだった。
カツカツというヒールの音を追いかけるように運動靴の音が聞こえてくる。
女性は時折振り返り男性を確認しては足を早めた。
ドリンクのおかげで後ろを追いかけている3人には気がついていないみたいだ。
女性の足が更に早くなったとき、ついに男性が走り出した。
ハイヒールと運動靴では女性の方が分が悪くなるのは明白だった。
女性はあっという間に男に追いつかれてしまい、腕を掴まれていた。
女性の甲高い悲鳴が路地に響く。
男は近くの廃ビルへと女性を連れ込もうとした、その瞬間だった。
「やめとけよ」
そんな声が聞こえてきて男の体は地面に押さえつけられていた。
それを見た女性が目を見開いて唖然として立ち尽くす。
「大丈夫ですか?」
優しい声に振り返れば、そこにはいつの間にか中学生の男の子が立っていた。
ジュンイチだ。
テツヤとカツユキは男を押さえつけている。
気配を消した3人は他人からはまるで透明人間のようにうつっていたのだ。
「あ、ありがとう」
女性は絞り出すようにそう言ったのだった。
☆☆☆
男と女性は面識がなかった。
ただ仕事場所から出てきた女性を偶然見かけて、好みのタイプだったから追いかけたらしい。
突発的な犯行と言っても悪質度は高くて、警察官に連行されて行った。
「また君たち3人組か。本当にありがとう」
すっかり顔なじみになった地元の警察官が握手をしてくる。
その手は大きくてガッシリとしていて、鍛え抜かれているのがわかった。
「いえ、当然のことをしただけです」
返事をするカツユキはもう照れてなどいなかった。
すっかりなれた様子で胸を張っている。
「こんなに次々と事件を解決するなんて、君たちは警察官が向いているんじゃないか?」
「いえ、俺たちは探偵になりたいんです」
テツヤの返答に警察官んは驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「なるほど、それでこんなに事件解決に協力的なわけか」
これからもぜひ地元の治安改善のためにも手伝ってほしい。
ただし、無茶はしなことだ。
最後には少し釘を刺されてしまったけれど、全面的には褒めてくれる形になってホッと息を吐き出した。
ここ数日で何件もの事件を解決してきているから、両親から心配もされていた。
できれば危ないことに首を突っ込まないでほしいと言われているのだ。
「これから先どうする?」
警察署を後にしてジュンイチがポツリと言った。
「どうするって?」
カツユキが聞き返す。
「俺たちにはもうドリンクがない。誰かを助けられるかどうかわからないってことだ」
テツヤがジュンイチの言葉を補足した。
「ドリンクがなくても大丈夫だろ。俺たちドリンクを見つける前から活動してたんだし」
確かにそうだった。
でもそれは学校内でぬいぐるみを探したり、花壇荒らしの犯人を捕まえたりしただけだ。
学校の外で起こった本格的な事件とは随分違ってくる。
だけど誰もそれについては口にしなかった。
今までの自分たちの成果を、力を信じたかったんだ。
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