第26話
「なんだよあれ。もしかして先生のファンか?」
カツユキがつぶやく。
「知らないのか? うちの学校じゃ一番ファンが多いのは陸上部だ」
ジュンイチがこともなげに返事をした。
「え、そうなのか?」
テツヤが驚いた声で言った。
部活動なんて興味がなくて入部すら考えていなかったテツヤからすれば、初めて聞くことだった。
校舎へ振り向いてみると女子生徒たちが先生へ向けて手を振っている。
先生は部活動のことしか頭にないようで、女子生徒たちの黄色い歓声は全然聞こえていない様子だ。
「なんだよ、先生モテモテじゃん」
「若いしカッコイイし、スタイルもいい。おまけに優しいらしいからな」
ブスッとしたテツヤへ向けてジュンイチは先生に非の打ち所がないことを伝えてくる。
それで益々仏頂面になってしまった。
「で、どうするんだよ? 女子生徒の前で鈍足を披露するのか?」
そう言ったのはカツユキだった。
カツユキは教室にいる女子生徒へ向けて大きく手を振っている。
が、女子生徒たちは誰も気がついていない。
「まさか、こんなところでドリンクを使うつもりか?」
ハッとしたようにジュンイチが2人を見る。
テツヤとカツユキは目を見かわせて同時に頷き、持ってきていたドリンクに口を付けた。
「おいっ!」
ジュンイチは止める暇もなかった。
2人はグビグビとドリンクを飲んであっという間に残り一口になってしまう。
「なにしてんだよお前ら。これは探偵団のために取っておくんだろう!?」
「ジュンイチも飲めよ。これだけ女子生徒が見てるのに、俺達より遥かに遅くていいのか?」
テツヤはニヤリとした笑みを浮かべて言い、ジュンイチは言葉を失ってしまった。
2人はすでにドリンクを飲んでしまっている。
だから自分だけがとてつもなく足が遅いように見えてしまうのだ。
その様子を想像してジュンイチは奥歯を噛み締めた。
校舎の中からは相変わらず女子生徒たちの声が聞こえてきている。
「……くそっ」
散々悩んだ挙げ句、ジュンイチも同じように能力ドリンクを飲んだのだった。
☆☆☆
「え、なにあの人達! すごい足速いね!」
「あの3人組って有名じゃん。ひったくり犯を捕まえた人でしょう?」
「その前に女性の家に入り込んでいた男を捕まえたんだって!」
「すごい! っていうかカッコイイ~!」
3人が走り出すと同時に陸上部員からは歓声が上がり、今まで先生へ向けて黄色い悲鳴を上げていた女子生徒たちも騒ぎ始めた。
テツヤたち3人にはその声がしっかりと届いている。
「このまま陸上部に入るっていうのもありだな」
走りながらテツヤが言う。
「ここまで女子生徒に人気になれるんならなぁ」
カツユキもまんざらではない様子だ。
しかしジュンイチだけはため息を吐き出した。
「こんなことでドリンクを使うなんて」
と、さっきから不機嫌そうな顔を隠さない。
それでも1人だけ足が遅いと思われては嫌なので、自分もドリンクを飲んでしまったのだけれど。
いざ瞬足の能力を手にしてみると面白いくらいに走ることができるとわかった。
景色は自分でも見えないくらい早く過ぎ去っていき、先生の表情を見ることもできない。
それなのに体は疲れなくてこうして普通に会話もできる。
これはくせになっても仕方がないと思えた。
つい流されてしまいそうになる気持ちをぐっと押し留めて「これっきりだからな」と、ジュンイチは言ったのだった。
☆☆☆
想像していた通り陸上部員たちからの勧誘はすごいものがあった。
「ぜひ一緒に走ろう!」
「君たちなら大会制覇間違いなし」
「女子からもモテモテだぞ!」
正直最後の一言ではかなり心が揺らいだ。
つい『入部します!』と言ってしまいそうな2人を押しのけてジュンイチが丁寧に断ってくれた。
「やっぱりジュンイチを誘っておいてよかったよ。俺たちだけじゃ絶対に断り切れなかった」
3人でいつものように帰路を歩きながらテツヤが言った。
ジュンイチは呆れた表情を浮かべて、ほとんどなくなったドリンクを見つめている。
「そんなにガッカリしなくていいだろ。女子からの声援聞いたか? 明日にはまた人気者になってるかもなぁ俺たち」
カツユキは呑気なことを言い、鼻の下を伸ばしている。
女子生徒に囲まれている自分を想像しているみたいだ。
「人気者になることが目的じゃないだろ」
ジュンイチから冷静な突っ込みが入ったところでテツヤがいつもと違う道を曲がった。
「テツヤ、どこに行くんだよ。家はこっちだろ?」
ジュンイチが声をかけるとテツヤはシーと人差し指を立てて見せた。
その表情は真剣でジュンイチとカツユキは目をみかわせた。
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