第24話

女性の家にストーカーが入り込んだことよりも、自分たちのことの方を見出しとして書かれていたのだ。



「ヒーローじゃなくて、探偵団なんだけどな」



テツヤはあくまでも探偵団というところにこだわっているようだ。



ヒーローというと子供向け番組の戦隊モノを想像するけれど、そうじゃない。



特別な力なんてなにもなくて、だけどみんなを助けることができる探偵に憧れているんだ。



「今日の放課後、警察署に呼ばれてるだろ? みんな制服で行くのか?」



途中で話題を変えたのはジュンイチだった。



ジュンイチはベンチの横の地べたにあぐらをかいて座っている。



お尻が汚れることなんて気にしていない様子だ。



「あぁもちろん。学校もそうしてほしいって言ってるしな」



カツユキは頷く。



学校が終わったあと警察署に呼ばれたのは事情聴取のためではない。



勇気ある行動が1人の女性を救ったとして表彰されるためだった。



正直人生で表彰されたことなんて1度もないテツヤは朝からずっと緊張していた。



なにか御礼の言葉などを述べなければならないのか、緊張して噛んだりしないだろうか、そんなことばかりが気になっている。



「また新聞とか、ニュースになったりするのかな?」



今度はカツユキがつぶやく。



それにはテツヤが頷いた。



「そりゃなるだろ。今日だってこれだけ騒がれてるんだからさ」



昨日は地元の新聞の片隅に載っただけだった。



でも今回の表彰ではテレビ局まで取材に来ると聞いている。



それだけで緊張していた。



「緊張をほぐすために、あのドリンクを飲んでおくか」



軽い気持ちで言ったのはカツユキだった。



「それはダメだろ。絶対に」



すぐにテツヤが反論する。



自分たちがあんな行動に出ることができたのは、まちがいなく『能力ドリンク』のおかげだった。



表彰の緊張だって簡単にほぐすことができるだろう。



だけどあのドリンクはいつでも手に入るものじゃない。



大切に使わないといけないものだった。



「テツヤの言う通りだ。あのドリンクは本当に必要なときに飲もう」



ジュンイチが賛同してカツユキはチェッと軽く舌打ちをした。



放課後になって警察署へ向かった3人は緊張で思うような感想が言えず、終始真っ赤な顔で受け答えする羽目になってしまった。



「だから一口でも飲んでおけばよかったんだ」



警察署から出た途端にカツユキは唇を尖らせる。



「悪かったよ。だけど俺達の反応は中学生らしくてすごく良かったって、言ってもらえたじゃないか」



ジュンイチが慰めるように言う。



それは最後に新聞記者の人に言われた事だった。



3人があまりにも緊張していたから声をかけてきたのだろうけれど、その一言で少しは救われた気持ちになっていた。



「それに、俺たちが表彰されるのはこれで終わりじゃないだろ?」



一番前を歩いていたテツヤが振り向いて言う。



2人は一瞬黙り込んだがすぐに笑顔になってテツヤの後を追いかけた。



「そうだな」



「もちろんだ」



そう言い合ってあるき出す。



そして3人の足は自然とあの自販機へと向かっていた。



少し狭い通りにあるその自販機は行き交う車にとってはちょっと迷惑そうな場所にある。



だけど家や学校から比較的近い場所にあるそれは3人にとって馴染みの自販機だった。



「あれ?」



自販機の前に立ち、テツヤが首を傾げた。



昨日はたしかにあった能力ドリンクが今日はどこにも見当たらないのだ。



「なくなったのかな?」



隣でカツユキが言う。



「こんなに早く?」



「だって、実際になくなってるし」



自販機内の商品を隅から隅まで確認してみても、あのドリンクは見当たらない。



「いつでも手に入らない。そう書いてあった通りだな」



ジュンイチが指先で顎を触りながら言う。



そのしぐさはまるで探偵そのものだ。



「昨日の内にもっと買っておけばよかった」



ブラブラと散歩するように自宅へ向かいながらテツヤは愚痴る。



昨日の今日でなくなってしまうなんて、誰にも想像できないことだった。



わかっていればもっと沢山能力ドリンクを買っておいたのに。



「そんなこと言っても仕方ないだろ。ないものはないんだから」



ジュンイチはすでに割り切っているようだ。



そもそもが不思議なドリンクなので少し警戒していた様子でもある。



「50円でやすかったのになぁ」



テツヤが両手を頭の後で組んでそうつぶやいたとき、右手の路地から1人の男が飛び出してきた。



慌てて足を止める3人に謝ることもなく走り去っていく。



男性は黒い上下の服を着ていたが、それには不似合いな花柄のバッグを持っていた。



「なんだよあれ」



カツユキが仏頂面をしたとき、男が出てきたのと同じ路地から手押し車を押した1人の女性が出てきた。



女性の年齢は80歳くらいで、シワシワの手で手押し車のハンドルを押している。



足が悪いようで時々引きずるようにしながらも、必死に男を追いかけているように見えた。



3人は同時に顔を見合わせて、その女性に近づいた。



「あの、なにかお困りですか?」



優しい声で言ったのはジュンイチだった。



笑顔を浮かべて女性から警戒心を取り除こうとしている。



「あぁ、あの人が私のバッグを……」



すがるような視線をジュンイチへ向ける。



その時あの男が持っていた花柄のバッグを思い出した。



黒尽くめの服の男が持つには異様だと感じたバッグ。



あれはこの人のものだったんだ。



そう気がついた3人は男が走って逃げていった方角へ視線を向けた。



道は直線だけれど男の姿はとても小さくなっている。



今から追いかけて追いつく距離じゃない。



せめて自転車でもあればいいのだけれど……。



ジュンイチがそう考えている間に、他の2人は能力ドリンクを飲んでいた。



「ジュンイチはここにいて、その人を見ていてくれ。俺たちはあの男を捕まえてくる」



テツヤはそう言って足を伸ばし、準備運動を始める。



「捕まえるってもうあんなに遠くだぞ?」



いくらサッカーで鍛えた足があったとしても追いつけるはずがない。



しかし、テツヤとカツユキは白い歯をのぞかせてニッと笑って見せた。



「大丈夫。俺たち能力があるからさ」



テツヤはそう言うや否や駆け出した。



体が軽く、足は驚くほど早く前へ前へと進んでいく。



風を切る音が耳に入ってきて、これは今自分が出している音なのだと気がついた。



気色はどんどん後へ流れていき、豆粒ほどだった男の姿が目前まで迫ってくる。

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