第23話
そうなると、女性はまた怯えて暮らさないといけなくなるんだ。
そんなの事件を解決したことにはならない。
女性の恐怖を完全に拭い去るためには犯人を捕まえないといけないんだ。
そう考えたテツヤはすぐにドリンクを一口飲んだ。
味は一般的なスポーツドリンクと変わらない。
しかし、一口飲んだ先からドアの向こうにいる人物への恐怖心が消えていくのを感じた。
冷や汗は止まり、握りしめていたカツユキの手を振り払う。
「テツヤ?」
カツユキが不安そうな顔でテツヤを見つめる。
「大丈夫、行ける」
「は? なに言ってんだよ。部屋に突入する気か!?」
ジュンイチが慌てて引き止めようとするがテツヤは言うことを聞かなかった。
「ドリンクを飲んでみたらわかるよ。それと、部屋の鍵をかして下さい」
女性はバッグの中からおずおずと鍵を取り出し、テツヤに手渡した。
テツヤは2人がドリンクと一口ずつ飲むのを待ってから、ドアに近づいた。
「開けるぞ」
そう言うテツヤの後で2人にも不思議な現象が起こっていた。
今まで小刻みに震えていた手足が、すっかり元通りになったのだ。
胸に渦巻いていた恐怖心はまるで霧のように晴れていった。
カツユキとジュンイチは驚いて自分の両手を見下ろしていたが、その間にカチャッと鍵が開けられる音がして顔を上げた。
女性が「ちょっと、ねぇ、大丈夫?」と、後から声をかけてくるのも聞かずに3人は同時に部屋の中に踏み込んだ。
1LDKのアパート内は一目でわかるほどに荒らされている。
さっきの大きな音は、部屋の奥で本棚が倒された音だったみたいだ。
踏み場もなくなった部屋の中を慎重に進んでいく。
3人の心臓はバクバクと早鐘を打っていたけれど、それは恐怖心からではなかった。
初めて探偵らしい探偵業をしているという高揚感からだった。
恐怖心の消え去った3人は部屋の奥へと進んでいく。
しかし、そこには誰もいない。
もうすでに外に出てしまったのかもしれない。
もしくはトイレやお風呂に隠れているのか……
テツヤが推理しながら窓へと近づいていく。
窓は閉まっていてカーテンも揺れてはいない。
と、いうことは……。
コトッ。
とても小さな物音がしてテツヤたち3人は同時に振り向いた。
そこに立っていたのは黒い覆面をかぶった男だ。
男の右手には果物ナイフが握りしめられている。
「あいつだ!!」
テツヤが叫ぶと同時に3人は男へむかって飛びかかった。
ジュンイチが刃物を叩き落として、カランッと床に転がる音がする。
それをカツヒロが足で蹴飛ばして届かない場所へと追いやった。
そしてテツヤは突進したままの勢いで男を押し倒し、馬乗りになっていた。
「侵入者を捕まえました!」
3人の大きな声が、アパート内に響き渡ったのだった。
☆☆☆
それからの3人はてんやわんやだった。
なにせ侵入者を確保したのだ。
警察を呼んで何度も事情を説明して、それから親にも説明をして。
気がつけば時刻は夜6時半を過ぎていた。
「3人共本当にありがとう。あなたたちとても勇気があるのね」
親たちにお願いして女性をアパートまで送り届けた3人は、夜の道でハイタッチを交わした。
「やったな! こんなに大きな事件を解決したら、もう立派な探偵だろ」
カツユキが興奮気味に言う。
その頬は赤く紅潮していた。
「あぁ。きっと明日のニュースとか新聞にも乗るだろうな」
ジュンイチが答える。
実際に警察署を出るときにはすでに地元の新聞社の人たちが集まってきていた。
中学生が女性を助けた事件は、あっという間に広まっていたのだ。
「ここからが本領発揮だ。明日からも頑張ろうぜ!」
テツヤはそう言い、3人で円陣を組んで「おー!」と、声を上げたのだった。
☆☆☆
女性の家に侵入していた男はただの物取りなどではなかった。
もともと女性を付け狙っていた男で、今回はたまたま女性が鍵をかけ忘れて部屋を出ていってしまったのを目撃して、侵入したらしい。
「3人共本当にすごいね。こんなの、怖くて普通はできないよ?」
翌日学校へ行くとさっそくクラスメートたちから質問攻めにあった。
3人のしたことは地元の新聞に掲載されて、それを読んだ生徒たちの間ではすでにヒーロー扱いになっていたのだ。
みんなから囲まれて褒められると照れくさくて、休憩時間になるとテツヤたちはこっそり教室を抜け出して中庭へ向かった。
「なんか、すごいことになったよな」
木製のベンチに腰かけたカツユキはそう言いながらもまんざらではなさそうに頬を緩めている。
「ほんと、俺たちヒーローだってさ」
テツヤはにやにやとした笑みを浮かべて言う。
それは今日の新聞に載っていた文言だった。
『中学生3人組のヒーロー現る!』
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