第22話

「でもさ、いつでも手に入らないって書かれていると、ちょと飲むの躊躇するよな」



蓋を開けかけていたテツヤも手を止めてしまう。



「本当だよな。売りたいならこんなこと書かない方がいいのに」



カツユキは不思議そうに首を傾げている。



と、その時だった。



いつものなれた道の途中、クリーム色のアパートが見えた。



それは10年ほど前から建っているアパートだけれど、1階の玄関先で女性が右往左往しているのだ。



「あれって、あの部屋の人だよな?」



白いワンピースを来たその女性はこの付近で何度も見かけたことがある。



通りすがりに挨拶をして、テツヤは顔を覚えていたのだ。



「なんか顔色悪くないか?」



女性が青ざめていることに気がついたのはジュンイチだった。



「本当だ」



「探偵団のお出ましじゃないか!?」



カツユキが元気よく言うので、3人は目を見交わせた。



学校外での活動第一回目ということだ。



互いに頷きあい、足早に女性に近づいていく。



「あの、こんにちは」



最初に声をかけたのは挨拶をしたことがあるテツヤだ。



女性は驚いた顔で振り向いたけれど相手がテツヤだとわかって安心したように微笑んだ。



それでも相変わらず顔色は悪いままだ。



ブルーのサンダルを履いた足も、玄関の鍵を持っている手も小刻みに震えていて、普通じゃない状態なのは一目瞭然だった。



「どうかしたんですか?」



テツヤは真剣な表情で質問をした。



女性は一瞬とまどったように視線を漂わせたが、よほど誰かに相談したかったのか口を開いた。



「私、ひとり暮らしなんだけど部屋の中に誰かがいるみたいなの」



ドアの向こうまで声が届かないよう、声を潜めてそう言った。



「部屋の中に?」



テツヤが眉間にシワを寄せて聞き返すと、女性は頷いた。



「今コンビニから戻ったところなんだけど、部屋の中から物音がして。それで困っていたの」



だからこんなに顔色が悪かったみたいだ。



女性のひとり暮らしの部屋に侵入するということは強盗とか、凶悪なヤツが潜んでいる可能性が高い。



相手は刃物とかを持っているかもしれない。



そこまで想像してテツヤはゴクリと唾を飲み込んだ。



ここは探偵団の出番だ。



お姉さんはすごく怯えて困っているし、身を挺して女性を救うチャンスでもある。



でも……。



ふりむくとカツユキとジュンイチの2人と視線がぶつかった。



2人との女性の証言で青ざめてしまっている。



テツヤだって同じだった。



さすがにどんなヤツがいるかわからない部屋の中に突入していく勇気はない。



これは探偵ドラマではなく、現実なんだ。



「け、警察に行きましょう」



震える声で言ったのはジュンイチだった。



ジュンイチは女性へ視線を向けて、真剣に訴えている。



「そ、そうね。それが一番いいわよね」



女性はすぐに同意してこころなしかホッとした表情を浮かべた。



自分ひとりでこんな場面に遭遇して、警察に行くという判断もできなくなっていたみたいだ。



中学生でも、自分たちが来たことで少しは落ち着きを取り戻してきたらしくて、少しだけ嬉しい気持ちになった。



じゃあ、行きましょうかとジュンイチが促して歩き出したとき、部屋の奥で大きな家具が倒れるような、ガタンッ! という音が響いた。



その音に4人同時に足を止めて閉ざされているドアへと視線を向けた。



真っ黒な影のような男が家の中を荒らし回っている様子が脳裏に浮かんできて、テツヤの背中に冷や汗が流れていった。



思わず隣にいるカツユキの手を握りしめてしまう。



男同士で手を握り合うなんて気持ち悪いと振り払われることなく、カツユキも握り返してきた。



「早く、行きましょう」



ジュンイチが言う。



これ以上時間が立てば余計に被害が広がりそうだ。



事態は刻一刻を悪くなっている。



再びあるき出そうとしたとき、ふとテツヤは手に持っているスポーツドリンクに視線を落とした。



『能力ドリンク』



『このドリンクは能力ドリンクです。例えば度胸を付けたい時に飲めば度胸がついて、恐怖心を消したいときに飲めば恐怖心が消えます。ただし、このドリンクはいつでも手に入るものではありません。大切に飲んでください』



カツユキが読み上げた説明書きを思い出して、ジッとペットボトルを見つめる。



「おい、なにしてんだよテツヤ」



青い顔のジュンイチに声をかけられるが、テツヤはドリンクとドアを交互に見つめるばかりだ。



ここから交番までは少し距離がある。



交番まで言って事情を説明して、更に戻ってくるまでの間に侵入者はいなくなってしまうかもしれない。

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