第19話

「今日の3時間目。C組との合同体育だったよ」



「その中で見学の生徒はいた?」



「ううん。今日はいなかったんじゃないかな? 学校を休んでいた子はいるみたいだけれど」



西川さんは必死に記憶を手繰り寄せて答える。



「だとしたら、B組にもC組にも犯人はいないことになる。授業中にB組に入ってぬいぐるみを盗むことができる人物って誰だ?」



カツユキは腕組みをして考え込んだ。



「普通に考えたら女子生徒だよな。男子がぬいぐるみを盗むとは考えにくいし」



テツヤも一生懸命に頭を働かせて考える。



でも、授業中に教室に忍び込んでまで盗みたいものなんだろうか?



男であるテツヤにはピンと来ない。



「あのぬいぐるみは本当に大切なものなの。ボロボロになっても何度も直してきたの」



西川さんの目尻には涙が光っている。



それを見るとなんとしてもぬいぐるみを見つけてあげなきゃいけない、使命感に駆られる。



「わかった。犯人は絶対に見つけ出す。だから西川さんは安心して」



テツヤは胸をはってそう言ったのだった。



胸を張って大きなことを言ったものの、どこをどう探せばいいかなんてわからなかった。



とにかくB組へ出向いてぬいぐるみがありそうな場所を片っ端から調べて行く。



けれど人の机の中やロッカーの中を勝手に探すわけにはいかないから、捜索は難航した。



「やっぱり手当り次第じゃダメなんだよ。ちゃんと推理しないと」



次の休憩時間にジュンイチは疲れた声で言った。



「推理するっていっても、どうやって?」



カツユキに言われてジュンイチはメモ帳と取り出した。



西川さんの証言をもう一度しっかりと確認していく。



「まず、西川さんがぬいぐるみがなくなっていることに気がついたのは、体育の授業の後だった。それまでは確かにぬいぐるみはついていた」



「そして、体育の授業を見学している生徒はいなかった」



カツユキがジュンイチの後に続けて言う。



「それでもトイレとか言って教室から出られる生徒はいくらでもいるよな」



そうなると、3時間目の授業中にトイレや保健室へ行った生徒が全員容疑者ということになってくる。



「でも、ぬいぐるみを盗むためには、ぬいぐるみがついていることを知っていないといけない。そう考えると犯人は絞られるんじゃないか?」



ジュンイチの言葉に2人は同時に「あっ」と声を上げた。



肝心な部分だった。



西川さんの性格からして友人はそれほど多くなさそうだ。



そんな中でぬいぐるみの存在を知っているとしたら、B組の生徒である可能性が高い。



「でも、体育の授業は全員参加してたんだよな? それじゃ盗めないだろ?」



テツヤが眉を寄せてつぶやくように言う。



「そうだけど、体育の授業は男女で別々だ」



「もしかして、男子が盗んだと思ってるのか?」



ジュンイチの言葉にカツユキは驚いて目を丸くした。



テツヤもまばたきを繰り返している。



「その可能性もあるだろ? なにかの目的があって盗んだんだ」



なにかの目的ってなんだろう?



でもそれは犯人がわかれば直接聞き出すことができることだ。



「よし、そうとわかれば体育の授業中に見学していた男子がいないか、調べに行こう!」



テツヤは元気よく言って立ち上がったのだった。


☆☆☆


1年B組の生徒で体育の授業を見学していた生徒は1人しかいなかった。



それは矢野という小柄な男子生徒で、3人が廊下に呼び出した時には目をキョロキョロさせて怯えた様子を見せていた。



「少し話しが気いきたいんだ」



ジュウンイチがどれだけ優しい声で言っても、矢野は怯えを押さえきれない様子だ。



もしかしたら誰かにイジメられているのかもしれない。



そんな風に思わせる態度だった。



「ぼ、僕になにか用事?」



矢野は見た目に似合った震えた声で質問してきた。



血の気の多いテツヤからすれば、無条件で殴りつけたくなる相手だ。



その気持を押し込めて「うさぎのぬいぐるみを知らないか」と、単刀直入に質問した。



「バカ、そんな質問したって本当のことを言うわけがないだろう」



小声でジュンイチに怒鳴られて、あそっか。と思ったのも束の間、矢野はみるみるうちに青ざめていった。



「ご、ごめんなさい、つい!」



と頭を下げて謝ったのだ。



素直すぎる謝罪に3人はとっさに反応できず、呆然として立ち尽くしてしまった。



「や、やっぱりお前が西川さんのぬいぐるみを盗んだんだな。わかってたんだぞ!」



テツヤが必死にその場をやり過ごす。



「はい、そうです」



矢野はうなだれてズボンのポケットから白いうさぎのぬいぐるみを取り出した。



頭部にフトラップの紐がついている。



「間違いがないか西川さんを呼んでくる。逃げないように見張っていてくれ」



ジュンイチは2人へ向けてそう言うと、素早く行動にうつしたのだった。


☆☆☆


「これ、私のぬいぐりみ!」



西川さんは矢野の手からうさぎを奪い取ると、大切そうに手の中に包み込んだ。



そしてジットリとした視線を矢野へ向ける。



探偵団の仕事はこれで終わりかもしれなかったが、どうしてぬいぐるみを盗んだのか最後まで調べるために3人共ここに残っていた。



「ごめんなさい!」



矢野は青い顔をして西川さんへ頭を下げる。



「どうしてこんなことしたの? すごく大切なものなのに!」



おとなしい西川さんには似つかわしくない大きな声が出ている。



ぬいぐるみと、犯人が見つかったことで興奮しているみたいだ。



「それを見ていると、つい……」



矢野は口の中でもごもごと答える。



ついってどういうことだ?



矢野は男だし、どうしても欲しいものだとは思えない。



やっぱりなにか理由があったのだと察したテツヤはぬいぐるみを見せてもらうことにした。

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