第16話

自分の席へ戻る間にも拍手は続いていた。



「サトコ、私の演奏どうだった?」



先生が合否を決めている間、アサミはこっそりサトコにそう質問をした。



「すごく良かったよ! 私感動しちゃったもん」



サトコは興奮気味に言う。



その言葉に嘘はなさそうだけれど……。



「でも、下手くそだったよね?」



「う~ん、技術は落ちたのかなって思った。でもね、感情がすごく伝わってくる演奏だったよ。あぁ、アサミは音楽が好きなんだなってわかったもん」



「本当に?」



「嘘なんてつかないよ」



サトコは笑って答えた。



アサミはひとりでいるニナへ視線を向けた。



ニナは落ち着かない様子で周囲を見回し、何度も居住まいを正している。



その様子を見ていると、途端にアサミも落ち着かない気分になってきてしまった。



アサミか、ニナか、もうすぐ決まるんだ。



そう考えると心臓がドキドキとはね始めて、制服の上から胸に手を当てた。



大丈夫。



今の自分にできるだけのことはやったんだから。



あとは信じて待つことしかできないんだ。



それから10分後、準備室にいた先生が部室に戻ってきていた。



生徒たちの私語はすーっと消えていき音楽室は静まりかえる。



普段この教室で大きな音が立てられているなんて考えられないくらいだ。



「アサミさんもニナさんも、とてもよく頑張りましたね」



ステージ上に立った先生がアサミとニナにそれぞれ視線を向けて微笑む。



アサミは小さく頷いて答えた。



確かにニナは頑張っていた。



でも自分はお世辞にも頑張ったとは言えない。



何度も部活をサボり、ニナよりも自分の方が上手だと心のどこかで笑っていた。



まわりからちやほやされていい気になっていた。



そんなことを思い出して暗い気持ちになってくる。



きっと先生はそんな私のことをお見通しだ。



今更気がついたって遅いこと。



ソロパートはニナに決まりなんだろう。



そう思って自分の手のひらを見つめる。



自分もできるだけのことはやった。



だからもういいんだ――。



「ではコンクールでのソロ奏者の発表です」



音楽室の空気に緊張が走る。



少しでも動いたら切りつけられそうなピリピリした空気。



アサミはもう顔をあげることもできなくて、少しかたくなった指先を見つめている。



「コンクールでフルートのソロを担当するのは……」



キュッと目を閉じる。



耳までふさいでしまいたくなるのをグッと我慢して、先生の言葉を待つ。



「ニナさん」



その声が鼓膜を震わせた瞬間体の力が抜け落ちていくのを感じた。



そうだよね。



わかっていたことだ。



それでもアサミの頭の中は真っ白になって、なにも考えられなくなる。



ジワリと涙が浮かんできたそのときだった。



「そしてアサミさんです」



先生の声に顔をあげた。



え……?



どういうことなのかと部室内にざわめきが走る。



先生は申し訳なさそうな表情を生徒たちへ向けて「ごめんなさい。先生、どちらかひとりを選ぶことができなかったんです」と、頭を下げた。



アサミはニナに視線を向けた。



ニナも戸惑った様子でこちらを見ている。



「途中まではアサミさんで決まりだと思っていました。だけどニナさんの最近の成長は著しいものがあったんです」



それはきっと誰もが感じていたことだろう。



ニナは誰よりも先に来て、誰よりも後に部室を後にしていたのだから。



「アサミさんも、これから先頑張るわよね?」



先生に言われてアサミはとっさに立ち上がり「はい」と返事をした。



先生はやっぱり、すべてお見通しだったのだ。



「では、今回のソロパートはアサミさんとニナさんで半分ずつ吹いてもらうことになります。途中で奏者が変わるので普通よりも難しいかもしれないけど、2人共頑張れるわね?」



アサミとニナは顔を見合わせて「はい!」と、同時に返事をしたのだった。


☆☆☆


どうも、闇夜ヨルです。



今回は虹色の種の話でしたね。



能力を与えられたからといってサボっていてはいけない。



努力していると誰かがみてくれている。



それがわかるお話でした。



それでは次のお話を覗いてみましょう。

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