第15話
☆☆☆
「アサミ、部活行こうか」
放課後になると少し気まずそうな表情をしたサトコが教室に迎えに来てくれた。
アサミは驚きながらもサトコに駆け寄る。
「今日も遊びに行くんじゃなかったの?」
「行こうと思ってたけど、やめたの」
「どうして?」
「だって、昼休憩返上で頑張ってる人を見たら、自分だけサボルのもどうかなって思うじゃん」
サトコは気恥ずかしいのか目を合わせようとしない。
けれどその気持は十分に伝わってきた。
アサミは嬉しくなって思わずサトコに抱きついてしまう。
体のバランスを崩したサトコは慌てて壁に手をついてコケないように支えた。
「今度のコンクールで最後なんだもん。精一杯頑張らないといけないんだよね」
アサミは泣いてしまいそうになりながら何度も頷く。
卑屈になっていたサトコが前を向いてくれたことが嬉しくて仕方ない。
2人は今までと同じように肩を並べて部活へと向かったのだった。
☆☆☆
「それでは今からソロパート決めに移りたいと思います」
先生の言葉で部員たちはみんな静まりかえった。
部室の中には緊張感が漂っていて、アサミはゴクリと唾を飲み込む。
今楽器を手にしているのはニナとアサミの2人だけだ。
「まずはニナさんから」
名前を呼ばれたニナは背筋を伸ばして前のステージへと歩いている。
緊張しているためか、手足がぎくしゃくとした動きになっている。
「よろしくお願いします」
か細い声で言い、一度お辞儀をしてフルートを口に近づける。
アサミは気がつかない間に膝の上で両手を握りしめていた。
頑張れ、ニナ!
心の中で応援する。
努力してきたのはずっと見てきた。
アサミよりもずっと下手だと思っていたけれど、ここ一週間で見違えるほどに上手になった。
そしてニナの演奏が始まる。
目を閉じれば浮かんでくるような情景。
優しい旋律。
思わずみんなが目を閉じて聞き入ってしまう。
アサミもそれは同じだった。
同時に負けてしまったと思った。
今の自分にはこれほどの演奏はできない。
あの種のおかげで上達していたけれど、それをいいことに練習を怠けてしまった。
そのため花は枯れて、能力も枯れた。
ニナの演奏が終わると同時に部室内に大きな拍手が響いていた。
アサミも同じように力を込めた拍手を送る。
「いい演奏だったわね。ここ最近すごく上手くなっているし、よかったと思うわよ」
先生にも褒められてニナは頬を赤らめて自分の席へと戻っていく。
「次はアサミさん」
名前を呼ばれて、部員たちの期待の目がこちらへ向けられる。
しかしアサミはなかなか立ち上がることができなかった。
自分の能力はもう消えた。
だからこうして選ぶ必要だってないんだ。
「あの、先生」
恥を晒してしまうよりはいまここで辞退しよう。
そう決断したアサミを遮るように大きな拍手が聞こえてきて振り向いた。
そこにはサトコが座っていて、「頑張れアサミ!」と、拍手をしながら声をかけてくれている。
「サトコ……」
「アサミならきっと大丈夫だよ!」
今までずっと一緒に練習してきたサトコ。
「でも……」
きっとみんなを失望させてしまうことになる。
「大丈夫。自分を信じて」
サトコが手を伸ばして来てアサミの頭を撫でた。
子供にするようなそれに少し恥ずかしくなったけれど、手のひらの暖かさに心が穏やかになっていくのを感じる。
「最初から諦めるんじゃなくて、ちゃんとチャレンジして諦めなよ」
その言葉に小さく頷く。
ニナの演奏を聞いた今、本当はここから逃げ出してしまいたい。
でもそうすれば、ソロパートはニナに決定してしまう。
アサミは下唇を噛み締めて立ち上がった。
緊張で手足が震える。
みんなの視線が突き刺さって、思わず目を閉じてしまいそうになる。
それでもステージへと上がり大きく深呼吸をした。
「ではお願いします」
先生の言葉を合図に、アサミは演奏をはじめた……。
☆☆☆
演奏はどうだったのか?
自分ではよくわからなかった。
ただ夢中になって吹いて、そしたらだんだん楽しくなってきて、気がつけば最後まで吹ききっていた。
部室内はシンとしていて拍手は聞こえてこない。
あぁ、やっぱり今の私じゃダメだったんだ。
そう思った次の瞬間だった。
割れんばかりの拍手が部室内に響き渡ったのだ。
アサミは驚いて部員たちを見つめる。
立ち上がって拍手している生徒もいれば、目尻に浮かんできた涙をぬぐっている生徒もいる。
アサミはその光景を信じられない気持ちで見つめていた。
だって自分の能力はもうないはずだ。
あれだけ心を震わせた演奏は、もうできない。
それなのに、どうして?
「アサミさんありがとう。2人共素晴らしかったわ」
先生に肩を叩かれてアサミはまばたきをする。
素晴らしかった?
本当に?
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