第14話

☆☆☆


あの植物の効力は終わってしまった。



よりによって最悪のタイミングで。



翌日の水曜日アサミは肩を落として学校へ向かった。



授業を受けても全然頭に入ってこない。



先生の言葉は右から左へと流れて行くばかりでちっとも面白くない。



給食だってあまり味を感じないままだった。



こんな状態でフルートなんて吹けるわけがなかった。



アサミは給食を食べ終えた後1人で中庭へ向かった。



今日もとても天気が良くて降り注ぐ太陽光は眩しいくらいだ。



1人で木製のベンチに座ってぼんやりと白い雲を見つめていると、足音が近づいてきて顔を向けた。



そこに立っていたのは見知らぬ虹色のワンピースを着た女性で、年齢はアサミよりもずっと年上に見えた。



この人誰?



学校内に不審者が入ってきていると思い込んだアサミはとっさに立ち上がり、逃げられる体制を取る。



しかし、女性の顔がひどく悲しそうだったためすぐに逃げることができなくなってしまった。



それに、女性はアサミになにか言いたそうでもある。



「な、なんですか?」



恐る恐る声をかけると、女性はアサミの前で立ち止まった。



虹色のワンピースが風でフワリと揺れている。



その姿はどう見たって中学校内では異質なのに、誰も彼女の存在に気がついていないように歩き去る。



「アサミさん、私を育ててくれてありがとうございました」



女性は突然鈴の音のような声でそう言い、頭を下げてきた。



アサミにはなんのことだからわからずに返事ができない。



「私は開花花です。あなたが出窓の鉢植えで育てた、あの花です」



「開花花……?」



「はい。あの種は努力を続けてきた人にしか見えません。そして、見えた人に育ててもらっているんです」



女性の話にアサミは首をかしげっぱなしだ。



だけど虹色の種について調べてみても、誰も知らなかったことを思い出す。



みんなはあの種が見えていなかったのかもしれない。



「私達は人の努力を栄養として育ちます。そのお礼に能力を渡していたんです」



「それってもしかして、私が急に上達したことと関係してるの?」



聞くと女性は頷いた。



アサミは大きく息を吸い込む。



「それならもっとお礼してよ! 私最近全然演奏がダメになってるんだから!」



つい、声を荒げてしまう。



女性はすまなそうにうつむいて左右に首を振った。



「それはできません」



「どうして!?」



「あなたは確かに努力家でした。演奏に熱心でした。でもそれは、能力を渡す前までのことです」



そう言われてハッとした。



急に上達しはじめた時期を堺に、友達と遊びに行く回数が増えた。



部活をサボルこともあった。



「で、でも、そのくらいの息抜き誰だってしてるし」



「ですよね。でも私は努力を栄養としているので、あなたが努力を怠った時点で枯れてしまったんです」



あ……。



綺麗な虹色の花が茶色く変色してしまったことを思い出す。



あれは私のせい……?



「今までありがとうございました。私も一応種をつけることができたので、他の人に拾われることにします」



「ま、待って! 私の能力はどうなるの!?」



女性は一瞬目を見開き、そして悲しそうに左右に首をふるとすーっと消えていってしまったのだった。

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☆☆☆


特別に与えられていた能力はもうなくなった。



それでもアサミはソロパートを自分のものにしたかった。



まだ昼休憩時間だというのに、フルートの音が響いてくる。



それはお世辞にもとびきり上手だとは言えないものだったけれど、音色に引き寄せられるように生徒たちが集まってくる。



その中にはサトコの姿もあった。



アサミはサトコが来ていることにも気が付かずに練習を続ける。



ソロパートが決まるのは今日だ。



今更練習したって遅いのかもしれない。



それでもアサミは練習を続けた。



昼休憩の時間をすべて使って、全身全霊を込めて。

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