第12話

ニナは今日も練習していたんだ。



きっと、朝から晩までずっと。



そう思うとこの音から逃げ出したい気持ちになった。



「でもこの演奏よりアサミの方が上手だよね」



「そうだよね。アサミはもう、吹奏楽部っていうレベルは追い越しているしね」



2人にそう言ってもらえて少しだけ気分がよくなる。



「いいから、もう帰ろうよ」



アサミはそう言い、2人を促して歩き出したのだった。



遊びから戻ったあとアサミは虹色の花は少ししおれていることに気がついた。



栄養もお水もやっているから、もともと寿命が短いのかもしれない。



「結局なんていう名前の花なのかもわからないままだなぁ」



つんっと花びらをつついてつぶやく。



こんなに寿命が短いのなら、もっとたくさん話しかけたりすればよかったかもしれない。



「アサミ、ご飯よ」



母親に呼ばれてアサミはすぐに部屋から離れてしまった。



そんなアサミを虹色の花はじーっと見ているような気がしたのだった。


☆☆☆


「ついに今週の水曜日だね」



翌日、昼休憩になると隣のクラスのサトコが遊びにきたので、中庭で日向ぼっこをしていた。



給食でお腹もいっぱいになっていて、ついウトウトしてしまう。



「ねぇアサミ、聞いてる?」



「聞いてる聞いてる」



慌てて返事をするものの、意識は遠くなってきてしまう。



食後ってどうしてこんなに気持ちいんだろう。



「まぁ、ライバルはニナだから、余裕か」



サトコはそう言って笑い、パックのジュースを飲み干した。



「まぁね。私はニナには負けないし」



昨日の練習している演奏を思い出してみても、ニナの音はまだまだ弱い。



それは確実なことだった。



「さすがアサミ! じゃあさ、今日はまた遊びに行かない?」



その誘いに一瞬言葉に詰まった。



今日からまだ部活動があるけれどそれをサボろうと言われているのだ。



「サトコも部活出ないとでしょう?」



「う~ん、正直私はもういいかなって思ってるの」



紙パックを手の中で持て遊びながらサトコはぎこちない口調になって答える。



「え? どういうこと?」



「だって、次のコンクールに出場した後は引退でしょう? 私がフルートのソロに選ばれる可能性はゼロだし、なんか急にやる気がなくなっちゃったんだよね」



サトコは終始うつむいて話した。



「そんな。でも、最後のコンクールだからみんなで頑張らないとダメじゃん」



「そんなのわかってるよ! だけどさ、ソロパートのことを先生から言われたときに、私じゃなくてニナが選ばれたんだよ? 私よりニナの方が上手だってこと!」



サトコは長いあいだニナよりも自分の方が上手だと思って演奏を続けてきたのだ。



それが違った。



自分の思い上がりだった。



そう思い知らされた瞬間、努力したいという気持ちまで砕け散ってしまったのだ。



「私はサトコの演奏も好きだよ。ニナに負けてないと思ってる」



「だけど先生はそう思ってない。もしかしたら、部活のみんなもニナの方が上手だって思っているのかもしれない」



「どうしてそんなこと言うの?」



アサミは焦った口調になってきた。



サトコとは今までずっと仲良く吹奏楽に打ち込んできた。



辛いときも楽しいときも、全部一緒に分け合ってきた。



それなのに、ソロパートの話しが出てからは自分のことばかりが気になって、サトコのことを全然見ていなかったのだ。



「私、高校に入ったら音楽やめる」



「え?」



「だって、私にはそんな能力ないもん」



言いながらサトコの声は震えていた。



本当は音楽を続けたいのだという、気持ちの現れだと感じた。



さっきまで照り続けていた太陽は突然雲に隠れてしまい、少し肌寒いくらいになっていた。



アサミを襲っていた心地いい眠気はとっくに覚めてしまっている。



「能力なんてなくても楽しければいいじゃん!」



本心だった。



能力があるかないかなんて関係ない。



どんなことでも自分が一番好きだと感じて打ち込むことができればそれがいいに決まっている。



だけど、今のサトコにはそれが禁句だったようだ。



ずっとうつむいていたサトコはゆっくりを顔を上げる。



その目には涙の膜がはっていて、アサミは絶句してしまう。



「アサミは能力があるもんね。だからそんなことが言えるんだよ」



「ち、ちがっ」



慌てて否定しようとしても、その言葉すら遮られてしまう。



「みんなからちやほやされて、本当に心が動くような演奏をしてる。そんなアサミに相談しても仕方ないことだったよね」



サトコはフフッと軽く笑うと、頬に一筋の涙がこぼれ落ちた。



それをぬぐいもせずに立ち上がり、教室へと戻っていく。



アサミはその背中を追いかけるために立ち上がったが、両足がコンクリートでかためられてしまったかのように動くことができなくなってしまったのだった。


☆☆☆


サトコがあんなに悩んでいるなんて知らなかった。



部室で練習の準備をしながらもアサミは入り口へ視線を向けていた。



いつもサトコが教室へ迎えに来てくれるのに、今日は来なかったのだ。



こちらからサトコを迎えに行ってみると、すでに教室内にはいなかった。



先に部室へ向かったのかと思って来てみたけれど、やはりここにもサトコの姿はなかった。



「どうしたの?」



その声に振り向くとニナが立っていた。



ニナの体からすればフルートが随分大きく見える。



「ううん、なんでもない」



「でも、なんだか落ち込んでいるみたい」



ニナは心配そうな顔をこちらへ向ける。



一瞬サトコのことを相談してみようかとも思ったが、サトコはニナがソロに選ばれるかもしれないことをひどく気にしていた。



そんな相手に勝手に相談するのは違うと思い直した。



「大丈夫だから、どっか行ってよ」



アサミは冷たい態度でそう言うと、自分の練習を始めたのだった。

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