第9話
☆☆☆
翌日の部活でもアサミはみんなから褒められ、先生からも拍手をもらった。
昨日泣きそうにしていたニナはアサミが練習している間に聞きに来ることはなく、部活が終わってからもずっと練習を続けていた。
「ねぇニナ。たまには一緒に甘いもの食べに行かない?」
サトコと2人で部室を後にしようとしたとき、ニナのことが気になって声をかけた。
単純に、ずっと練習を続けていると煮詰まってしまうことを、アサミは知っていたからだった。
上手くいかないのに無理に練習していても、ただ焦るばかりで余計に下手になっていく。
自分の1日の練習量はちゃんと自分で決めないといけない。
「大丈夫だから、ほっといて」
ニナはフルートから口を離し、小さな声で言った。
「え?」
驚いて聞き返す。
友達からの誘いをそんな風に断るとは思っていなかった。
「私だってちゃんと上達してる」
「うん……それは、わかるけど、でも」
確かに、ニナの最近の成長は著しい。
それを隠してしまっているのは、アサミだ。
「今日より明日、明日より明後日。そうやって、アサミだって頑張ってきたんでしょう?」
そう言われて、胸を突かれた思いだった。
グッと返答に詰まってしまう。
「だから私もやるの。ただそれだけ」
そしてニナはフルートに口をつけた。
アサミはしばらく呆然としてその場に立ち尽くして、ニナを見つめていたのだった。
☆☆☆
「アサミがうますぎるから焦ってるんだよ」
運ばれてきたパフェを食べてサトコが言う。
「うん……」
アサミは紅茶だけ注文したが、まだ口はつけておらずすっかりぬるくなってしまっていた。
「でもさ、あの言い方はないよね。せっかくアサミが誘ったのにさ」
ニナに突き放されたときのことを思い出す。
ショックだったけれど、それよりも心配が先だった。
ニナは自分のせいであんな風に無茶な練習を続けているんじゃないかと思ってしまう。
「アサミはアサミでちゃんと練習してるんだから、いいんじゃない?」
楽観的なサトコの言葉に少しだけ胸が軽くなる。
そう、私は私で練習している。
その成果が顕著に現れているだけだ。
「そうだよね」
アサミはふっと肩の力を抜いて微笑んだのだった。
これは私の努力の結果。
これはずっと頑張ってきた神様からのご褒美だ。
そう思うと途端に気持ちが楽になった。
そうだよ。
だって私は幼少期から楽器や音楽に触れてきた。
サトコと別れて帰宅する途中、アサミは100円均一に立ち寄った。
園芸コーナーで植物の栄養と、植物の名前を記入する小さめのプレートを購入した。
「もっともっと、大きく成長してね」
栄養をあげて、プレートにはマジックで『能力花』と書いて鉢植えの土に刺した。
「今日も家で練習するの?」
開けたままだったドアから母親が顔を覗かせる。
「うん、少しだけね」
アサミはそう言い、フルートを手に取ったのだった。
☆☆☆
アサミが音を奏でれば植物はそれに反応してぐんぐん成長した。
そしてその翌日部活で練習をすると、アサミの演奏は前日よりも更にいいものになっているのだ。
「ニナさんも頑張ってるけど、ねぇ……」
先生が1人で練習しているニナにそう声をかけているのが聞こえてくる。
先生がいわんとしていることはわかっているはずだけれど、ニナは練習をやめずに続けている。
真剣に練習するニナを尻目に、アサミはいつもより30分早く練習を終えることにした。
ここで練習していてもどうせ上達しないことはわかっている。
家に帰って、あの植物の前で練習をするのだ。
それだけで上達していく。
「先生、今日は少し用事があるので、帰らせてもらっていいですか?」
「あらそうなの? アサミさんなら少し練習しなくても大丈夫でしょう、いいですよ」
にこやかに見送ってくれる先生に御礼を言って1人で部室を後にした。
もちろん手にはフルートのケースを持って。
「あれ、アサミもう帰るの?」
ニナの横を通り過ぎようとしたとき、後からサトコに声をかけられて立ち止まった。
「うん。今日は家の用事があるの」
「そっか。アサミの演奏もっと聞いていたかってけど、仕方ないね。またあしたね」
「うん。またね」
そうして、練習を続けているニナを横切って校舎を出たのだった。
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