第8話
話を聞きつけた他の委員会の生徒たちも近づいてきたけれど、誰も虹色に光る種について知っている人はいないようだった。
「そんな種ができる木や花なんて、うちの学校にはないよね」
「うん。どれもごく普通の種だね」
「そうなんですか……」
委員会の人たちならなにか知っていると思ったのだけれど、残念だ。
肩を落として音楽室へ向かうとすでに部活は開始されていて、ニナはいつもの廊下の一番奥で練習をしていた。
その音色を聞いていると焦燥感にかられて慌てて準備を進める。
どう聞いたってニナの方がまだまだ下手だけれど、これ以上上手くなられたら困るという気持ちが産まれてくる。
いつの間にかアサミはニナのことを意識して、ライバルとして見るようになっていたのだ。
「アサミ、体調大丈夫?」
アサミが来たことに気がついてサトコが駆け寄ってきた。
「うん、もう大丈夫。それより練習しなきゃ」
そう答えてフルートを構える。
大きく息を吸い込んで、そして音を出す……。
それはただのチューニングだった。
それなのに近くにいた部員たちの視線が一線に集まってくる。
アサミは音を出しながらも自分自身で驚いていた。
胸の奥を震わせるような、心臓を持っていかれてしまうような音色。
なにこれ……。
チューニングを終えて練習曲を吹き始めると、もうまわりの音なんて少しも聞こえなくなっていた。
驚くほどに自分の音しか聞こえてこない。
そんな世界でアサミは自由自在に音を操った。
苦手な音階も無理なくふきこなし、ただただ楽しいという感情に支配される。
気がつくと部員たちはアサミの周りに集まってきて、その音に聞こ惚れていた。
まだうまく演奏できない1年生の中には涙を流す生徒もいる。
そんな中、アサミは1曲分を弾き終えた。
ふぅーと大きく息を吐き出したときに初めて目を開けて驚いた。
練習をしていたはずのみんながアサミの周りを取り囲んでいたのだから。
そして誰とにもなく拍手が沸き起こった。
それは大きく、部室棟を震わせるような拍手になる。
「すばらしいわアサミさん! よくここまで練習しましたね」
いつの間にか大木先生もそばに来ていて拍手してくれている。
「あ、ありがとうございます」
ただの練習でこんな風に拍手されるなんて思っていなかったアサミは照れて真っ赤になってしまった。
その視界の中で、隅っこで小さく拍手しているニナの姿を見つけた。
ニナは拍手しながらも今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。
あ……。
ニナも頑張っていたのに。
なにか声をかけてあげないと。
そう思ったけれど、部員たちに囲まれたアサミは一歩も動くことができなかったのだった。
☆☆☆
アサミの演奏を聞いたあとだからだろうか、ニナの吹くフルートの音はなんとも幼稚で、全く心に響かない音に聞こえてしまっていた。
それを聞いた部員たちは哀れみの表情を浮かべたり、聞かないフリをしたり、中にはあからさまに笑い始める生徒もいた。
「ニナさんも随分上達していると思うわよ」
唯一そう言ったのは大木先生だけだった。
確かにニナの演奏は上達している。
1年生の頃に比べれば、全くの別人と言ってもいいくらいだ。
それに最近また少し上手くなってきたようで、それは聞いていても変化としてわかるものだった。
それでもダメだった。
アサミの演奏が、ニナの演奏をすべてかき消して行くのだから……。
☆☆☆
どうしてこんなに急に上達したんだろう?
帰宅した後もアサミは不思議でジッと自分の手を見つめた。
部活は休まずに出ていたけれど、特別な練習をしていたわけじゃない。
みんなと同じ練習をしてきただけだ。
「みんなと違うこと?」
ふと自分で考えたことをそのまま口に出した。
自分とみんなとの差なんてほとんどない。
幼い頃から音楽に接してきたかどうかの違いくらいなものだ。
それだけでももちろん差は生まれるけれど、今回みたいに突然大差ができることはないはずだ。
でも……。
アサミは出窓へ近づいて随分大きくなった植物を見つめた。
唯一自分だけかもしれないと感じているのは、この種を拾い、そして育てているということだけだ。
でもまさかこの種のおかげて急にフルートが上手になるなんてありえない。
そう考えて少し笑い、左右に首を振る。
この植物はたしかに珍しいものかもしれないけれど、きっと市立図書館とかで調べればすぐになんなのかわかるはずだ。
「アサミ、今日は演奏してくれないの?」
いつの間にか母親が部屋の中に入ってきていて、そう聞いてきた。
「今日は……」
やらない、と答えかけて今日もフルートを持って帰ってきたことを思い出した。
昨日自宅で練習したことが良かったのかもしれないと思って、今日も持って帰ってきていたのだ。
「そうだね。少しだけしようかな」
気を取り直してフルートを構えると、母親はソファに座って目を閉じた。
そんな風に思いっきり聞く準備をされるとなんだか緊張してしまう。
少し照れながら最初のひと吹きを吹き込む。
心地いい音色が耳に響き、葉が左右に揺れ始めた。
音を奏でるにつれて茎はどんどん成長していく。
それはまるでダンスをしながら植物が成長しているようにも見えた。
最後まで吹き終えると、ベッドに座っていた母親が大きく息を吐き出して「すごいわ!」と、拍手してくれた。
自分でも学校で吹いたときよりも更に上手になっていることが理解できていた。
こんなにすぐに上達することなんて、ありえないのに。
「昨日よりもずっと上手よ。これならプロの世界でもやっていけるんじゃない?」
「プロだなんてそんな」
「お母さん本気よ。この調子で演奏できるなら、音楽学校への進学だって考えないと。あぁ、忙しくなりそう」
お母さんはウキウキとそう言って部屋を出ていった。
アサミはそっと鉢植えに近づいて、葉をチョンッとつつく。
「まさか、本当に君のおかげとかじゃないよね?」
返事なんてあるわけないと思って質問したとき、葉が少しだけうらいで頷いてたように見えた。
アサミはハッと息を飲んで植物を見つめる。
まさか、本当に……?
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