第6話

☆☆☆


「アサミ、なんか今日は調子いいんじゃない?」



いつもどおり部活に参加して練習をしていると、サトコが声をかけてきた。



「えへへ、そうかな?」



実は練習を初めてすぐに自分でも感じていたことだった。



いつも苦手な部分もすんなり吹けるし、得意な部分はいつも以上に上手に吹けている気がする。



自分の気のせいかと思っていたけれど、サトコが言うなら本当に上達してきたんだろう。



「朝すごくスッキリして目が覚めたから、それがよかったのかも」



「あぁ、そういうのってあるよね。寝不足だとどうしても下手くそな演奏になっちゃう」



サトコも身に覚えがあるようで何度もうんうんと頷いている。



「でもアサミ、昨日居残りで練習してたじゃん? それの成果がでたのかもよ?」



「そんなのすぐに成果が出るものじゃないでしょ」



アサミは笑って答えた。



ずっと努力をしてきたから、一夜漬けの努力なんてなんの意味もないことくらいわかっている。



「アサミさん、今日はすごくいい調子ね」



不意に後から話しかけられて振り返ると、大木先生が立っていた。



「あ、ありがとうございます」



少し緊張して答えると大木先生は「ニナさんも頑張っているけれど、ほとんどあなたに確定かもしれないわね」と、顎に手を当ててつぶやく。



ほとんど独り言だったようだけれど、アサミは目の前がパッと明るくなるような気分だった。



「でも、気を抜かずに頑張って」



「はい!」



アサミは大きな声で返事をして、サトコと2人で笑いあったのだった。



その日のアサミも居残り練習をするつもりでいた。



ニナと2人で練習することでお互いに今どれくらいのレベルにいるのかがわかる。



「アサミ、今日も居残りなの?」



時間になっても教室に戻ってこないアサミに、サトコが声をかけに来た。



「うん。もう少し練習してから帰る」



「どうして?」



首を傾げて質問されて、アサミは目を見開いた。



「どうしてって、ソロパートもかかってるんだし、練習しなきゃでしょう?」



するとサトコはプッと吹き出してしまった。



「まだニナをライバルだと思ってるの?」



「え?」



だって、ソロパートが吹けるかどうかはニナと争って決めることになる。



ライバル視しても当然のことだった。



「ここだけの話だけどさ、誰もニナが吹けるなんて思ってないよ?」



顔を近づけて小声でそう言われて、アサミはまばたきを繰り返す。



「いくらニナが上達したって、アサミに勝てるわけないじゃん。大木先生だって、ほとんどアサミで決まりっていいかたしてたしさぁ」



『ニナさんも頑張っているけれど、ほとんどあなたに確定かもしれないわね』



あの言葉を思い出すと自然と頬がニヤけてしまう。



「でも、あれってニナにも同じようなことを言ってるんじゃない? 元気づけるためにさ」



「そうだとしても、腕前が全然違うじゃん。そのくらい先生だってわかってるって」



そうだろうか?



アサミはまだ練習を続けているニナへ視線を向ける。



ニナは昨日と同じようにただ黙々と、無駄話しもせずに熱心にフルートを吹く。



時折眉間にシワを寄せて楽譜になにか書き記し、額の汗をぬぐいながら。



「ね、今日はかき氷食べに行こうよ! 年中やってる美味しいお店があるんだって、友達に教えてもらった!」



サトコは強引にアサミの腕を掴んで歩き出す。



「あ、ちょっと!」



こけそうになったアサミは慌ててサトコについて行ったのだった。


☆☆☆


サトコが連れて行ってくれたかき氷屋さんは確かに美味しかった。



氷がふわふわで、口の中に入れた瞬間溶けていく。



イチゴシロップの上には本物のイチゴがたくさんのっていて、食べ終わった頃にはお腹がいっぱいになっているくらいだった。



すっかり満足したアサミは自分がフルートを持ったままでいることに気がついた。



普通は学校に置いて帰るのだけれど、慌てていたためケースに入れてそのまま持ってきてしまったのだ。



家に戻ってから気がついたアサミは試しに自分の部屋で吹いてみることにした。



ご近所さんの迷惑になるから、1回だけだ。



大きく息を吸い込んで音を鳴らす。



最初から綺麗な音色が出た。



嬉しくなって指が自然と動き始める。



アサミは左右に体を揺らしながら音を奏でる。



その音を聞きつけた母親が部屋に入ってきたけれど、それにも気が付かないくらい気持ちよく演奏をしていた。



と、その時、



出窓へ視線を向けると小さな双葉が見えた。



その双葉がメロディに合わせて左右に揺れていたのだ。



揺れながらそれは徐々に徐々に大きく成長していく。



アサミは驚いて目を見開いたけれど、演奏をやめることはしなかった。



アサミが演奏を続ければ続けるほど芽が大きくなり茎が伸びていく。



そして演奏が終わったとき母親の拍手が聞こえてきて、ようやく部屋の中にいることに気がついた。



「すごいじゃないアサミ! これならコンクール曲でソロパートに選ばれること間違いなしよ!」



「それよりお母さん、これ見て!」



アサミは出窓へ駆け寄って植木鉢を見つめた。



「あら、いつの間にこんなに大きくなったの?」



「今の間だよ! 私が演奏しているときにどんどん育ったんだから!」



「えぇ?」



怪訝そうな表情になった母親に、アサミは試しに一節だけフルートを吹いてみせた。



するとさきほどまでと同じように芽は左右に体を揺らして、少しだけ成長したのだ。

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