第5話

☆☆☆


その日、アサミは初めてニナと一緒に居残りで練習をした。



「すごく上達したね」



そう言うとニナは頬を染めて嬉しそうに笑う。



「今朝まで調子がよくなかったんだけど、先生から肩の力を抜きなさいって言われて、それから調子がよくなったの」



大木先生のアドバイスのおかげでスランプを抜けたみたいだ。



「そうなんだ。今のニナならソロパートもいけるんじゃない?」



「そんなことないよ。ソロなんて、まだまだ」



そう言いながらもニナの表情は明るくて、まんざらでもないのが見て取れた。



アサミはクッと奥歯を噛み締めて、もう1度練習を始めたのだった。


☆☆☆


ニナはみんなが帰宅した後、30分から1時間の練習をしているようだった。



それは恐怖中学校の最終下校時刻の時間だった。



2人一緒に練習していたが、ニナは教室に忘れ物をしてしまったと言って、アサミは1人で校舎を出た。



外はすっかりオレンジ色に包まれていて、グランドにも誰の姿も見えなかった。



こんな時間まで練習してたんだ。



ニナが練習している間アサミはケーキを食べたり、友達と遊んでいた。



部活が終わった後なのだからなにも問題はないはずなのに、なんとなく胸にひっかかる思いがある。



誰もいないグランドを突っ切って帰ろうとしたとき、西日に照らされてなにかが虹色に輝いた。



それはグラウンドの中央当たりにあり、アサミの足は自然とそちらへ向けられた。



なにか落ちているのなら拾っておかないと、明日の体育の授業とかでけが人が出てしまうかもしれない。



そう思って近づいて言った時、それが虹色に光る楕円形の種であることに気がついた。



「わぁ、綺麗!」



思わず手に取る。



それは小指の先くらいの小さなもので、すぐに無くしてしまいそうだった。



手のひらの上で転がしてみると太陽の光に照らされてキラキラと輝く。



「こんなの見たことない。なんの種なんだろう?」



ジッと見つめてみてもわからなくて、アサミはハンカチを取り出すと種をくるんだ。



なにが出てくるのかわからないけれど、こんなに綺麗な種だもん。



きっと綺麗な花が咲くに決まってる!



アサミはハンカチを大切にポケットにしまって鼻歌まじりに帰宅したのだった。


☆☆☆


帰宅したアサミはさっそく種を植えるための鉢植えを準備した。



どのくらいの大きさになるかわからないから少し大きめのものを、お母さんに言って出してもらった。



それを自分の部屋の出窓に置いて、水やりをする。



「不思議な種があったのね」



種を植えるのを手伝ってくれたお母さんも、虹色の種なんて見たことがないと言った。



「それにグラウンドを真ん中で見つけるなんて不思議ね」



「でしょう? グラウンドを囲むように木は植えられてるけれど、真ん中に木なんてないもん」



この種を拾ったときには周辺に種はなかった。



きっと鳥が運んできたんだろう。



「ところで、今日は帰りが遅かったわね?」



「うん。ニナと一緒に練習してた」



「そうなの。ニナちゃん、上手なの?」



その質問には少し返事に困った。



上手だと認めるのが嫌だったし、でも嘘もつきたくなかったから。



「まぁまぁかな。私宿題するから」



アサミは早口でそう言ったのだった。


☆☆☆


翌日、目が覚めたアサミは普段よりも頭がスッキリしている事に気がついた。



昨日は遅くまで練習して夜は途中で目が覚めることもなくグッスリと眠ったことがよかったみたいだ。



ベッドの上で上半身を起こして大きく伸びをする。



今日の部活も頑張れそう!



そう思ってふと出窓へ視線を向けると茶色い植木鉢が見える。



その中央に緑色のものが見えている。



アサミは「あっ」と声を上げて慌てて植木鉢に駆け寄った。



小さな双葉が顔を出していて目を見開く。



昨日植えたばかりなのに、もう芽が出てる!



「お母さんちょっと来て!」



「朝からどうしたの?」



「芽が出てるの!」



「あら、本当ね。でもやっぱりみたことのない葉ね」



草花が好きなお母さんでもわからないってことは、すごく珍しい植物なのかもしれない。



このまま上手に育てることができたら有名人になっちゃうかも!



「そんなことより早く朝ごはん食べちゃいなさい。遅刻するわよ」



「はぁい」



アサミは小さな葉を指先でチョンッとつついたのだった。

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