第17話 壁
俺と健作は香住を診療所まで運んだ。どうしても、俺には香住が恵子にしか見えなかった。
まるで、恵子が帰ってきたように思えて仕方がなかった。
(幸樹さん、香住を助けてあげて)
(恵子か)
(ずっとこの日を待っていました)
(どうか、お酒を断ってください。昔の幸樹さんに戻ってください)
(わかった、そうするよ……)
「父さん、何を独り言を言っているの」
診療所に到着して。
「ああ、何とか香住の記憶を戻すぞ。そうか、この診療所には検査機器はないのか」
「ああ、幸樹さん、この小さな診療所にはそんなものはないんじゃよ」
「父さんは昔は医師だったんだろう。香住さんを助けてあげてよ」
「もちろんだ、医療機器はいらない。香住が記憶をなくした理由さえわかれば」
「お前は香住といつ会ったんだ。それで何があったんだ」
(恵子、俺はどうすればいい。どこにいるんだ)
(幸樹さん、私は空にいます。もう会うことはできません)
(俺が悪かった。出産を同意したばかりに)
(いえ、私はうれしかったです。幸せでした)
(どうすれば香住は記憶を戻すことができるんだ)
(それは幸樹さん次第です。どうか昔の幸樹さんに戻ってください)
(わかった。そうするよ)
「父さん、また独り言を言ってどうしたの?」
「いや気にするな」
「父さん、香住さんとは浜辺で話しただけだよ」
「それだけか?」
「ああ、それ以上は何もないよ」
「なぜだ、なぜなんだ」
香住はどうやら意識が戻ったようだ。
「ここは……?」
「香住さんの意識がもどったよ。父さん」
「香住、何も覚えていないのか?」
「私は誰ですか……」
「俺の娘だよ。香住という名前だよ」
「香住……私のお父さん‥…」
「そうだよ」
「私はこれからどうなるのですか?」
「少しずつ、記憶を取り戻せばいい」
「この子は健作。お前の兄だ」
「健作さん……」
「そうだよ香住さん。どうして僕の名前は憶えているの?」
「お兄さん?」
「ああ、そうだ。香住」
ううううう
「どうした?香住」
「頭が割れるように痛いです」
「幸樹さん、今はそっとしておいた方がいいかもしれませんな」
「そうですね、先生」
「健作、帰るぞ」
「わかったよ、父さん」
健作の自宅にて
恵子、俺は酒をやめるよ。
そして、香住を必ず助ける。
恵子を助けては上げられなかったが今度は違う。
僕はいったいどうすればいいんだ。
香住さんは僕の妹、妹に恋をしていたのか……
俺はその日から酒はやめる努力をした。
しかし、待っていたのは離脱症状だった。
幻覚と幻聴に悩まされた。
酒が欲しくてたまらなかった……
「健作、酒を買ってきてくれないか‥…」
「父さん、香住さんのためにも酒をやめろよ」
「ああ、そうだな……」
俺は苦しかった。
しかし、恵子と香住、健作のことを考えると乗り越えなければいけない。
そう思ったのだ。
僕は久しぶりに診療所に行った。
「健作君、それから体調はどうだね?」
「僕は大丈夫です。香住さんは先生どうしていますか?」
「ああ、彼女は何かのトラウマに悩まされているみたいだな」
「しばらくは、そっとしておいた方がいい」
僕が香住さんと会ったばかりに……そうじゃないかな?
そう思い始めたんだ。
何もできないのが悔しい。
「健作君、お父さんを支えてあげなさい」
「お父さんは苦しんでいるはずだ」
「アルコール依存症は簡単には克復できないからな」
「君も辛いだろうが、自分に負けたら駄目だぞ」
「はい、先生」
先生はやぶ医者なんかじゃなかった。
ちゃんと理解していてくれたんだ。
僕はなぜかその日から眠れるようになった。
するべきことが見つかったような気がする。
生きていくことの意味がわかったように思える。
まだ確信はもてないけど……
苦しい。酒が欲しい
なぜ俺はこうなったんだ。
「健作……」
「どうした、父さん?」
「いや、やっぱりいい‥…」
「そうだよ父さん、酒は駄目だよ。乗り越えないと」
「そうだな。父さんは、情けないな」
「大丈夫だよ父さん」
「ご主人様、私と健作さんがいますから大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとう」
壁を乗り越えるんだ。
そうしないと、香住を助けられないじゃないか。
俺は幻覚と幻聴に苦しみながら戦っていた。
幸樹は壁を乗り越えられうのだろうか?
健作は香住への想いをどう整理するのだろうか?
静かな時が二人を見守っていた。
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