第16話 忘却

月が泣いた

星が泣いた

波が泣いた

健作の心も泣いていた。


「父さん、もしかして、父さんは村田なんじゃないの?」

「どうして、それを……」

「香住という名前は知っているでしょ」

「なぜ、お前がそれを……」

「さっきまで会っていたよ」

「健作には関係ない……」

「関係あるよ、だって香住さんは……」

「そうだ、お前の妹だよ」

「どうして、父さんは、加藤なんだ、どうして僕は加藤なんだ」

「健作さん、それは理由があるのよ」


「家政婦さん、どうして……」

「ご主人様は本当は‥‥…」

「もう、いいよ。健作、俺は村田幸樹という」

「そうよ、健作さん。ご主人様も若い時は立派に働いていらっしゃったのよ」

「もういいんだ、それは……だが、香住はこの島にいるのか?」

「ああ、お父さんを探しているよ」

「それで、どこにいるんだ?香住は」

「近くの宿屋にいるよ」

「そうか、だが、俺の姿を見たら悲しむだろうな」

「そうだよ、きっとそうだよ」

「ご主人様、明日にでもお会いにいかれたらどうですか」

「俺はもう会う資格はない」

「父さんがそう思っても香住さんはそう思っていないよ」

「そうですよ、ご主人様」

「家政婦さんは知っていらっしゃったのですか?」

「はい、私は若い頃にご主人様の病院で働いておりました」

「父さんは病院で働いていたの」

「そうですよ、若い頃は医師として有名な方だったのですよ」

「どうして、今は朝から酒ばかり飲んでいてんだ」

「それは、健作さんのお母様がお亡くなりに……」

「もういい、その話はやめてくれ」

「ご主人様……」

「わかった、明日にでも会いに行く……」


明日が運命の音を立てながらやってきた。


「父さん、ここの宿屋だと思う」

「そうだな、このあたり宿屋といえばここくらいだな」

「すみません、この宿に村田香住さんという方は宿泊していませんか?」

「はい、さきほど、海を見に行かれるということで出ていかれました」

「よし、海に行こうか」

「そうだね、父さん」


健作と幸樹は近くの浜辺を歩き回った。


「いた、父さん。香住さんだよ」

「ああ、恵子じゃないか」

「父さん、何をいっているんだ」

「恵子とはお前の母親だ。香住か、恵子にうりふたつだな」


そして、健作は香住に声をかけた。


「香住さん、お父さんだよ」

「あなたは、誰ですか?」

「香住さん、どうしたの?僕がわからないの?」

「いえ、初めて、お会いしましたけど……」

「どうして……」

「恵子、俺のことがわからないのか」

「誰ですか、恵子とは、それに私は誰ですか?」

「父さん、香住さんだよ、でも香住さんは自分がわからないの?」

「ここは何処ですか?」

「ここは香住のお母さんが行きたがっていた場所だよ」

「あなたは誰ですか?」

「俺は村田幸樹、お前の父親だ」

「私の父親……私には父親がいるのですか……?」

「香住さん、思い出して」

「私は香住……?」

「そうだよ、香住」

「父さん」


(香住、あなたのお父さんよ)

(誰?)

(私はあなたのお母さんよ)

(恵子、恵子じゃないか)

(思い出すのよ、香住)

(お母さん……?)

(そうよ、お母さんよ)

(恵子、どこだ)


「父さんも、香住さんもどうしたの?何を独り言を言っているの?」


ハタ


「香住さん、しっかりして」

「香住、しっかりするんだ。よし、香住を背負って診療所まで連れて行くぞ」

「わかった、父さん」


白き記憶を取り戻すことができるのだろうか

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