第15話 偶然という名の奇跡

白い音が、白い砂浜と波として静かに存在しており、

海のたそがれは、健作に香住への記憶を呼び起こそうとしていた。


僕は香住さんを追って翌日に浜辺を歩いていた。

すると、向こうから香住さんが歩いてくるではないか。

二人が互いを呼びあうのに時は必要としなかった。


「昨日はどうして来られなかったのですか?」

「ああ、実は……」

「そうだったのですね。私は嫌われたのかと思いました。」

「僕こそ、そう思ったよ。でも、こうして香住さんが僕のそばにいる」

「私には……」

「どうしたの、香住さん?」

「私には父親も行方不明ですが、亡くなった母親がいます」

「どのようなお母さんだったのですか?」

「祖父は他界しましたが、祖父が言うには、私が母によく似ていたそうです」

「そして……」


「香住さん、そしてとは?」

「私と兄を産んで亡くなり、父はとても悲しんだそうです」

「それから、しばらくして連絡がとれなくなったみたいで……」

「それで、お父さんはいないのですね」

「はい」

「見つかるといいですね、僕もあれから色々調べましたがわかりませんでした」

「そうでしたか」

「私はなぜか、健作さんと話をしていると父を感じる事ができます」

「それは不思議ですね」

「私も不思議です」


二人の会話はしばらく続いた。遠くに白い灯台が二人を優しく照らしていた。


「香住さん、僕は生きている意味がわからないことがあるんだ」

「私もです」


「偶然だね」

「どうして、僕達は生きているんだろう」

「生きていて苦しくないかな」


「私もそう思います」

「でも、生き続けないといけないような気がするのです」


「それはどうして?」

「わかりません」

「そうだよね。僕もわからない」

「私もわかりません」


「ただ、生きていくということは何かを背負っていくような気がする」

「それが、何なのかわからないんだ」


「そうですね。私も父がいなくて、祖父に育てられて孤独でした」

「祖父は事業に失敗して、祖父の親戚の家に預けられました」

「夜逃げしたのです。私を置いて」


「そうだったんだね」

「僕も辛かった、母親が恋しかった。だから、そのように思うのかな」

「今は父と家政婦と三人で生活しているよ」

「でも、香住さんと出会うことができたよ。」

「ただ、こうやって会えたのは偶然なのだろうか」

「私もそう思います。お互いにそう思うといいうことは、偶然には思えないように思えます。」

「僕達は何かで結ばれているような気がする」

「私もそう感じます」

「僕は最近、寝付けなくて診療所に通ってうつ病と診断されているけど、そう思わない」

「どうしてですか?」

「それは、香住さんがそばにいるからかな」

「どうして、私がそばにいるとそう思うのですか」

「それは……」

「それはとは、どういう意味ですか?」

「なぜか、感じるんだ。香住さんが僕の姿を父として感じるように、香住さんに母親の面影を感じることが出来る。なぜだろう」

「不思議ですね」

「なんだか、香住さんと会って生きていく勇気を見つけたような気がする」

「どうしてですか?」

「それは僕の記憶の残像として香住さんが残り続けるような気がするんだ」

「それだけですか?」

「いや、それだけではない、でも、それ以上は言えないような気もする」

「そうですか……」

「香住さんは僕と会ってどう思われましたか?父親のような感じがするだけですか?」

「いえ、それだけではないような気がします……」

「僕も、そう思う」

「そういえば、もう、こんな時間ですね」

「そうだね、いつの間にかバスの帰りの時間もとっくに過ぎているよ」

「今日は、ずっとここで過ごしたい気分です」

「僕も同じ気持ちだよ。月明りがきれいだね、香住さんの白さが幻想的に輝いているよ」

「私の白さとは何でしょうか?」

「白い肌に白いワンピースかな。いやそれだけではなく香住さんのきれいな気持ちかな」


「健作さん……」


「香住さん……」


二人の距離がさらに近づこうとした瞬間だった。



パリン



「これは僕が父親からもらった母親の形見のペンダントなんだ」

「それは、どうして……」

「どうしたの、香住さん?」

「これを見てください。同じく母の形見です」

「それは、僕が持っているペンダントと対になっているじゃないか」


「もしかして……私たちは」


「僕達はもしかして兄妹、どうして……でも性が違うじゃないか」

「そうですよね、でも、形見が同じ対のペンダントだということは……」

「そんな、やっと出会えたばかりなのに……」

「どうして……」

「そんな馬鹿な……」


健作は呆然としていた。

香住は涙していた。

月も悲しんでいた。

星は輝きを失い突然に闇が襲った。


黒き髪と白き想い我が心ここにあらず


「健作さん……」

「今の僕の心境かな」


届かない想いに寄せる波、帰れない私の想い


「香住さん……」

「私の心の中です……」


「僕達は結ばれないのかな」

「ごめんなさい、私はこれで失礼します……」


香住は泣きながら走り去ろうとした。


「香住さん、待って」

「歩いて帰ります、宿屋はすぐそこですから」

「香住さん……」


僕は走り去る香住さんを見ているばかりで何も出来なかった。

悲しき運命の波が二人に押し寄せてきたのだった。

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