第10話 悲しき空模様
俺は恵子との最後の日を迎えていた。
恵子は安らかな表情であったが、俺はもうすでに心はなかった。
葬儀場に恵子の両親が現れ、恵子の父親が俺に言い放った。
「君は恵子を幸せにするはずじゃなかったのかね」
「申し訳ありません」
「申し訳ありませんじゃすまないだろう。恵子はもう帰ってこないのだぞ」
俺は何も言えなかった。
「あなた、幸樹さんを責めるのは可哀そうじゃないですか」
「いや、私があの時に結婚に反対していればよかった……」
「それはひどいです。幸樹さんほどの人を反対していたら、誰も恵子の夫になる人はいないでしょ」
俺は何も言えなかった。お父さんの言う通りだったからだ。
俺が出産に同意したばかりに、恵子はもうこの世に存在しない。
俺が恵子を殺したようなものではないか。
「幸樹さん、幸樹さんが一番辛いでしょう」
「申し訳ありません……」
「いいのよ、自分を責めないで。恵子も天国で幸樹さんを見続けているから、頑張らないと」
「申し訳ありません、お母さん」
「いや、私はこの男を許すことはできない」
「あなた、もう、幸樹さんを責めるのはよして」
「ところで、子供はどうするんだ、双子の子供はどうするんだ」
「私が責任を持って育てます……」
「何が、責任をもって育てるだ、君ひとりじゃ無理だろう。恵子を殺したように、子供も駄目にするに決まっているじゃないか」
「あなた、言い過ぎよ」
「子供は私達と幸樹さんの3人で育てましょう。幸樹さん、幸樹さん一人では難しいと思います」
「そうですね、私は何も言える資格がありませんから、おっしゃる通りにします」
「いや、やはり、私は反対だ」
「この人殺しと一緒に住むわけにはいかな」
「あなた、それじゃ、幸樹さんが可哀そうじゃないですか?」
「いや、人殺しと一緒に子育てはしたくない。それに、お前がこいつと結婚を勧めたからこういう事になったんじゃないか」
「あなた、それはひどいわ。あなたも賛成してくれたでしょ」
「あの時は仕方がなかった」
俺は言えなかった。何も言えなかったんだ。
「そんなにひどいことを言うなら、別居しましょう」
「ああ、そうだな、だが子供はどうする?」
「私と幸樹さんで育てます。」
「いや、私が育てます……」
「駄目です、男一人じゃ双子の子は無理です」
「それじゃ、一人の子をわしが面倒をみよう。お前と幸樹はもう一人の子を育てなさい」
俺は言えなかった、言えるはずがないじゃないか。
なぜ、こんなに俺は情けない男なんだ。
何がカリスマ医師だ、馬鹿野郎
「それでいいな、幸樹君」
「わかりました」
「ところで、名前はどうするかね」
「女の子の場合でしたら、香住か香織にしようかと思っていました」
「じゃあ、私は女の子を育てよう、君は男の子を育てなさい」
「わかりました」
「幸樹さん、私と同居してこの子を育てましょう」
「はい」
そして、香住は恵子の父親が引き取り、恵子の母親と俺は男の子を育てることになった。
俺には恵子との幸せな生活が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
あの時に出産に反対すべきだったが、恵子の幸せそうな表情を見ているとそれができなかった。
俺は苦しんだ。恵子はもうこの世には存在しない。
存在するのは俺の後悔だけだ。
しかも、恵子の母親がいるとしても、俺が育てていかなければならない。
育てていくのは困難ではないが、子供が育っていく度に後悔の気持ちが募るだろう。
恵子の母親は優しかった。そして、俺に言葉をかけてくれた。
「幸樹さん、この子を恵子だと思って育てましょう。幸樹さんが悪い訳ではないから」
「そうでしょうか……」
「そうですよ。どれほど、恵子が幸せだったことか。幸樹さんのおかげですよ」
「でも、もう、この世には恵子さんはいない。私には忘れることができないのです」
「苦しいけど、乗り越えましょう」
「はい」
恵子、俺はどうすればいいんだ。
いっそのこと、お前の元へ行きたいよ。
恵子が亡くなってからはテレビへの出演どころかオペさえも集中できなくなった。
俺はこんなに弱い男なのか。
天国できっと恵子が情けないと思っているだろうな。
しかし、俺はこの子をしっかり育てていくよ。
ただ、俺にはそれを両立することが難しいんだ。
どうしても、子供を見るたびに、お前の事を思い出してしまうじゃないか。
俺はどうすればいい。
どうすればいいんだ。
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