第9話 困惑

僕は定期的に診療所に通っていた。しかし、少女の姿を見かけることはなかった。


「健作さん、今日も診療所ですか?」

「はい、そうです」

「家の中に閉じこもってばかりだといけないから、気分転換になりますよ」


家政婦との何気ない会話だった。しかし、僕の心のなかには少女がいた。

忘れられない君がいた。

そして、バスに乗り込んだ。運転手の斉藤さんが僕に話しかけた。


「健作君、小さな声で話すが少女が今日も乗っているよ」

「本当ですね……」

「相変わらず美しいな。健作君、声でもかけてみたらどうだね」

「そうですね……でも」

「勇気をだしてごらん」

「はい」


僕は話しかけようかと迷いながら、席に座ると同時に少女が僕の方へ向かってきた。


「すみません、この島に村田幸樹という者はおりませんか?」


僕はいきなり話しかけられ、驚きを隠せなかった。


「いえ、この島には村田さんという方はいないですよ。たまたま、僕の父は幸樹ですが、性は加藤です」

「そうですか……」

「どうしたのですか、涙を浮かべて……」

「ごめんなさい。村田幸樹は私の父で、私が幼い頃に行方不明になったのです」

「これで、涙を拭いてください」

「ありがとうございます」

「そうなんですね。それは悲しいですね」

「はい」

「父に会いたいです」

「そうだね、僕が何とか出来ればいいのだけど」

「知らない人に、こんなことを言ってしまって申し訳ありません」

「いや、気にしないで。僕は健作というけれど、君の名前は?」


「私は村田香住といいます。そういえば、私の兄も健作という名前だそうです」

「父と一緒に行方不明になりまして」


「偶然が重なるね」

「そうですね」

「お父さんはどのような人だったのですか?」

「私の父親は若い頃に医師をしていたそうです」

「そうなんだ。僕の父親はアル中だよ。」

「そうなのですか?」

「ああ、そうなんだ、君のお父さんと全く違うね」

「名前が同じなのは偶然なのでしょうか?私は何か関係があるような気がしてなりません」

「いや、きっと気のせいだよ。僕の父親はもう廃人同様だよ」

「そうなんですね」

「ああ、そうだよ。君は最近バスで見かけるけど、この島に滞在しているんだね」

「はい、父を探すために、この島でしばらく滞在しようかと思っています」

「そうか、見つかるといいね」

「そうですね……」

「行方不明になったのはいつ頃ですか?」

「私が3歳くらいの時だったそうです」

「それじゃ、お父さんの記憶はあまりありませんね」

「はい」

「でも、どうして行方不明になったのだろうか」

「それがわからないのです」

「そうなんだね」

「はい、でも、父はとても素敵な方だったと聞きます。」

「そうですか……僕がこの島の地区長さんに聞いてみますね。地区長さんなら、何か知っているかもしれませんから」

「本当ですか?」

「ああ、これも何かの縁だから、僕でよければ力になるよ」

「ありがとうございます。」

「今度、また会おうか、それまで僕が調べてみるよ」

「どこでお会いしますか?」

「そうだね、次のバス停を降りた近くに、きれいな浜辺があるんだけど、そこで待っている」

「いつにしますか」

「今日にでも聞いておくから、明日はどうかな?この時間くらいに待っているよ」

「はい、わかりました」

「大丈夫、元気を出して。きっと見つかるよ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、着いたから。ここのバス停の浜辺だからね」

「はい」


僕は香住さんの父親が羨ましかった。どうして、名前は同じでもこんなにも違うのだろうかと思うと、父親が情けなくなった。そして、僕はバスを降りて自宅へと向かった。


「お帰りなさい、健作さん」

「ただいま、家政婦さん」

「病院はどうでしたか?」

「相変わらず、うつ病だといわれたけど、僕はそう思わない」

「そうですね、疲れがたまっているのですよ」

「いえ、それだけでもないような気がします」

「原因がわかるといいですね」

「そうですね」

「そういえば、村田幸樹さんという方は知りませんか」

「ご主人様と同じ名前ですね……」

「でもこの島で村田という方は聞いたことがないですね……」

「そうなんですよね、地区長さんに聞いてみようかと思います」

「それがいいかもしれませんね……」

「はい」


僕はその日に夢を見たんだ。

それは以前に見たグサっという音ととも刺される夢だった。

あれは、一体なんだったのだろうか?

そして、翌日に地区長さんの自宅へ行き、事情を話して尋ねた。


「地区長さん、さっきの話ですが、村田幸樹という人は知らないのですね?」

「まあ、それはな……」

「どうしたのですか?口ごもって」

「ああ、いや、気のせいだよ」

「わかりました、ありがとうございました。地区長さん」

「ああ、力になれず申し訳ないな……」

僕はなんて、無力なんだ。

香住さんの力に何もなれなかったじゃないか。

でも、地区長さんは何か知っていそうだったのが気になる。

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