音の使徒と銀光の魔法少女

 「最近は夜道を狙われる事が多いですね」


 音の使徒の目の前には、魔法少女の格好をした女の子が仁王立ちしていた。


 纏う禍々しい殺意は自分に向けられているのだと簡単に理解できる。


 「それでアナタは、どちら様ですか?」


 「俺は銀光の魔法少女、世界最速の魔法少女だ」


 「銀光⋯⋯」


 音羽はその魔法少女について全く何も知らない。


 知らない間に増えていた魔法少女と考えるが、それにしては強者の風格を纏っている。


 警戒心を高める音羽に対して、シルバーは一歩前に進んだ。


 刹那、音羽の目の前にシルバーが現れる。


 「てめぇらのボスと悪魔の居場所を吐け」


 高速の連打が音羽を襲う。


 「ぐふっ」


 一撃があまりにも重く、そして数もある。


 吹き飛ぶ事は無く、その場に膝を着く。


 「言え」


 「知る訳、無いでしょ」


 何も言わずに顎につま先が飛ぶ。


 避ける事はできずに蹴り上げげられた音羽は受身を取りながら着地する。


 シルバーに向かい、『無音』の魔法を発動させた。


 「遅い」


 「がはっ」


 魔法を使ったが、それが相手に通じる前に躱される。


 (な、なんだこの強さは⋯⋯)


 「見てたぜぇ。家族旅行は楽しいかぁ?」


 「す、とーかー、ですか?」


 「どうでも良いだろ」


 光がふくろはぎを貫こうと向かうが、紙一重でそれを躱し、音の衝撃を繰り出す。


 しかしレベル差があった。


 「温い衝撃だ」


 「くっ」


 「影の使徒の助けは当分来ないだろ。存分に楽しもうじゃないか」


 「そこまで調べているのですか」


 音羽が耳を済ませる。


 微かな揺れだけで発生する、生物には聞き取れない微弱な音を聞いて、高速の攻撃を予測で躱す。


 「へぇ」


 「少し暴力的ですがっ」


 衝撃をゼロ距離で放つ。さすがのシルバーも怯む。


 格闘の技術では音羽の方が上だった。


 シルバーの方がレベルは高くとも子供、戦闘技術は音羽が一枚上手だった。


 「うぜぇな」


 蹴りを掴み取る。そして力を込める。


 骨がミシミシと言うイヤな音を立てる。


 「てめぇみたいな雑魚にキョーミはねぇんだよ。俺は堕天と悪魔を殺す。天使様のお役に立つんだ。下っ端が邪魔すんじゃねぇよ!」


 掴み上げて、回転をかけてぶん投げた。


 その勢いが強すぎて、音羽の片足がネジ切れる。


 「だいたいよぉ、悪魔なんぞに加担するカスが家族を持つなよ。反吐が出る。娘が可哀想とは思わんのか。家族に嘘ついて、絶望の元凶の悪魔を守る、悪いと思わんのか!」


 ゆっくりと立ち上がる音羽。懐から回復石を取り出して砕く。


 すると、ちぎれた足がみるみる回復して行く。


 「堕天が用意したのか?」


 「勘違いしないでいただきたい」


 「あぁん?」


 「使徒は決して、悪魔を守る存在じゃない。悪魔の味方と言う訳ではない。悪魔が居ないと、感情がこの世から消えてしまうから、使徒は天使と戦うんだ。悪魔のためじゃない」


 「結局変わらんだろうが」


 容赦なき暴力が音羽に降り注ぐ。


 「お前のような奴が、父親ってだけで、俺はうぜぇんだよ」


 私怨が混ざった攻撃。


 「ごふっ」


 吐血しながらも、音羽は倒れなかった。


 「くだらない。実にくだらない。この世に感情なんて要らない」


 「⋯⋯君にも大切な人が居るでしょ。その人との日々が楽しいと感じるはずです。それが⋯⋯」


 「例え俺から愛が無くなろうとも、喜びと言う感情が無くなろうとも、天使様の駒として動けるのなら、俺は問題ないんだよ」


 シルバーは自覚している。自分の目指す先がどうなるか。


 その上で動いている。


 光の魔法が音羽の身体を削って行くが、その度に回復石で回復する。


 「ゾンビかよ」


 「⋯⋯悪いですが、少しだけ本気で行かせてもらいます」


 「あぁ来いよ。てめぇボコしてたら、もっと情報持ってる奴来るかもだしな」


 シルバーの周囲が膨大な音に包み込まれる。


 鼓膜が破れる音の大きさにとても近い空間。さらに圧縮された音による衝撃。


 シルバーは脳だけではなく、全身が振動する感覚に包まれる。


 その影響で、右目の義眼が外れ落ちた。


 音羽の魔法が止まる。


 「それは⋯⋯」


 「あぁ、落ちちまった」


 それを拾い上げ、汚れたのでポッケにしまう。


 「知ってるかぁ? 俺の父はなぁ、クズだったんだ。自分の快楽、自己満足を満たすために、母体の違うパーツを一つ一つ集めて人形を作る狂った奴なんだよ」


 「⋯⋯」


 「俺は右目、妹は左目、母は胴体、兄は頭だったなぁ」


 残った左目がギロリと動いて音羽を睨む、どことなく光っているように見えた。


 「悪魔が蔓延るから、こんなクズが居るんだ。そんな感情は要らねぇよなあ! そんな欲は要らねぇよなあ! クズの父は俺達を愛してたぜ? だから、だからこそ、綺麗にくり抜きやがったんだ!」


 シルバーは今でも思い出す、綺麗に取るための工程を。絶望と言うスパイスを。


 「愛と言う感情を尊ぶバカが居れば言ってやる、歪んだ愛は人生をぶっ壊すってな!」


 雲が動いて月が二人を照らした。


 「クズは不穏分子として天使様に狩られたんだ。その時から俺は天使様の役に立とうと決めた⋯⋯妹は元気に機械の目でも入れてるよ」


 シルバーは立ち上がろうとした音羽に魔法で両足を切断した。


 ゆっくりと近づく。


 「お喋りは終わりだ。⋯⋯せめて、堕天の場所は言え」


 「誰が、言いますか」


 「そうか⋯⋯だったらお前の愛するモノをお前の目の前でぶっ壊してやる」


 「⋯⋯は?」


 「娘か? 嫁か? 探索者の仲間か? 学生の頃の友か? 全部、全部、壊してやる。そしたら俺の辛さが分かるんじゃないか? 世界を守っている自分がどれだけ愚かか分かるんじゃないか?」


 その言葉に嘘は無かった。


 音羽にはそれが分かった。


 だからこそ、怒髪天を突いた。天にまで轟く叫びを上げて魔法を全力で使おうとする。


 その命が果てるまで。


 「⋯⋯それはダメだよ」


 「ッ!」


 「来たな、堕天」


 シルバーの警戒度が上がる。


 小さな身体で音羽をおんぶした。


 「悪いけど、帰るね。無関係の人を巻き込むのは⋯⋯許さないからな」


 殺気に当てられたシルバーの額から冷や汗が流れる。


 「知るかばーか」


 光が小さな身体に向かって動くが、影に阻まれる。


 影の中から影でできた人型の何かが出て来る。


 「さすがに分が悪いか。夢々思い出せ、この俺が貴様らの首を狙っている事にな!」


 その叫びを残して、光となって消える。

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