物理系魔法少女、貧乏な暇人は訓練施設に行く

 暇である。


 紗奈ちゃんが居ないのであれば、ギルドに行く気が無いし、それゆえにダンジョンに行く気力もない。


 かと言って、たくさんの金がある訳じゃないし、遊びに行くような友達も居ない。


 いや、正確には全員平日出勤だ。連絡も数年してないけど。


 「はぁ。無気力だ」


 趣味なんて高貴なモノは社会人時代に壊された。それによって俺は、何もする事がない。


 ダラダラと時間が過ぎていく中で、音の使徒が脳裏に過ぎる。


 ネットで調べ、探索者訓練施設なるモノに足を運ぶ事にした。


 「ステータスカードや特別な書類が必要な訳じゃないんだな。⋯⋯ダンジョンだと魔法少女だし、変身しておくか」


 変身して、鏡にステッキを変える。


 アカツキの見た目は外では使わない方が良いか。


 「どんな風に変えようかな」


 ⋯⋯鏡の向こう側に紗奈ちゃんが居る。


 「俺は変態か!」


 ステッキを床に投げつけると、なぜだか急停止して、顔面に返って来た。床が壊れんかったのは良かったが、顔が痛いのでムカつく。


 痛いのを我慢しつつ、冷静に考える。


 俺の性癖全開な見た目は止め、武闘家らしいキャラにしよう。


 ショートヘア、絶壁。


 ま、スリーサイズの最低はBなんだけど。


 黒パーカーで良いか。服は考えるのがめんどくさい。


 ケープとかも考えたけど、無難にパーカーだ。


 「無難⋯⋯」


 そう言えば、今は夏だったな。


 長袖は不自然か?


 いや、肌を見せたくない女子って事で。


 「⋯⋯見た目を変えられるって、犯罪思考のある奴が手に入れたら大変だったんじゃないか?」


 と、言いながらも最初は俺も女の風呂に入れるかもしれないと考えた⋯⋯だがこの服、脱げないのだ。


 ステッキは懐に隠しておいて、いざ出陣。


 スマホのマップは便利だ。


 訓練施設に到着したので、中に入り受付を通す。


 ここでは各エリアに宛てがわれ、そこの教官に従って訓練する。


 カリキュラムは最初は基礎訓練、その次に模擬戦を踏まえての訓練らしい。


 「初回無料ってありがたいな」


 訓練にも様々なコースが用意されている。


 俺は基礎戦闘訓練コースだ。


 決められた時間に決められた部屋に入る。


 そこでは色んな女性が準備をしていた。


 木製の武器を持って振るっていたり、防具を着たりだ。


 そこで俺は気づいた。⋯⋯これ、男女別れてる、と。


 更衣室は別に用意されているが、俺は入らない。


 俺が一番最後だし、入る必要がない。


 「防具は⋯⋯必要ないか」


 このパーカー、魔法少女の衣服は防具そのものだ。


 壊れないし、破れない。


 防御力がどれだけかは分からないけどね。


 「時間になった。今から⋯⋯」


 戦う武器毎に別れて、基礎訓練を行うらしい。


 俺は拳なので格闘だ。受ける人は俺だけだった。


 教官は女性じゃなくておっさんである。その方がありがたいけどね。別にガッカリしてない。


 ⋯⋯むしろ心の底で安堵している。


 集中できる。


 「まずは用意した的に全力で殴ってくれ」


 「はい」


 全力で殴る。


 「ひっ、⋯⋯はあああああああ!」


 息を一気に吐いて腹に力を込め、全力でぶん殴った。技名をクセで言いそうになるが、我慢できた。


 「ストップ!」


 そんな叫び声にビビって、勢いが緩んだ。


 あ、的が壊れた。


 「とんでもない力だったな。危機感があったから止めたが⋯⋯正解だった。お前、ステータス既に持ってるな?」


 「はい」


 「そうか。防具とか着てないから、てっきり何も知らない探索者志願者かと思ってた⋯⋯ちなみに聞くが、ステータスの筋力と敏捷の評価は?」


 「なぜ敏捷も?」


 「スピードも力になるからだ。相当速いぞ、さっきのパンチ」


 これって素直に答えて良いのかな?


 紗奈ちゃんに凄いって言わているから、本当な事は言わない方が良いかもしれないな。


 「Aです」


 「両方か?」


 「はい」


 「そうか。凄いな。探索者としてとても優秀になるぞ」


 「ありがとうございます」


 「正直、ここじゃなくて武術家のところで修行するべきだな。斡旋してやろうか?」


 「遠慮します。そこまでの余裕は無いので」


 残念そうな教官。


 基本的なパンチのやり方や蹴りのやり方を教えてもらった。


 やる度に、「力押しすぎる」「振りが大きい」「腰はもっと低く」とダメだしばかりされた。


 器用がE、技能がCのせいだと、心の中で言い訳しておく。


 疲れは感じてないが、こうもダメだしされると辛い。


 だけども、少しでも良ければべた褒めされてしまうので、やってしまう。


 俺がちょろいのでは無い、教官が飴と鞭の使い分けが上手いのだ。決して、俺がちょろい男って訳じゃない。


 「それでは、今から模擬戦を始める」


 番号が呼ばれるので、俺が出る。


 相手は木剣だ。見た目は⋯⋯ルミナスさんだ。


 つーか、ルミナスさんだ。


 「よろしくお願いします」


 「えっと、レベル3がお⋯⋯ボクの相手をしても?」


 「さすがに有名配信者は知ってたか。お前の強さなら大丈夫だ。俺が保証する」


 教官に時々質問されて、全問答えられなかったから俺は無知判定を受けていた。そうなんだけどね。


 ルミナスさんとは前に会って、そこでレベルも聞いていた。だから知っているのだ。


 有名配信者とかは知らん。帰ったら調べよう。


 「それじゃ、行くよ!」


 ルミナスさんが剣を使ったところを一度しか見ていない。


 さーて、どう出る?


 「え」


 剣を突き出したかと思ったら手を離して、懐に仕込んであっただろうハンドガンを抜いた。


 まずい⋯⋯完全に剣に意識を向けていたから反応が遅れた。


 「あっぶね」


 「⋯⋯まだ!」


 回避したのに、相手に焦る様子が全くなく、冷静に空中にまだある剣を掴んで振るって来る。


 「振りは細かく、狙いは確実に、そして感覚的に」


 相手とは真逆のベクトルの回転蹴りで木剣を砕く。


 「僕の勝ちだね」


 蹴り終わりの体勢にもう一つあったらしい、ハンドガンの銃口を向けられる。俺は両手を上げる。


 ルミナスさんはライフルのイメージが強すぎて、ハンドガンはびっくりだ。


 ハンドガンの弾はゴム製であり、目などの危険な場所に当たりそうな時は弾が爆ぜるらしい。


 教官のところに戻ると、怪訝な顔をしていた。


 「まんまとやられたな」


 「え?」


 「剣に意識を集中し過ぎだ。それをアイツは見抜いていた。だから自分から意識を離す為に剣を離して、来て欲しい場所に誘導する為、躱しやすい弾を撃つ、その後の展開も読み通りだろう」


 「それって凄くないですか?」


 「凄いな。後は対人戦の経験不足が原因か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る