人気受付嬢、出張先で静かに怒る

 「な、なんなんだよお前!」


 逃げ走るガラの悪い男をゆっくりと追いかけるのは、暗い空間のこの場所には似合わない格好の緑髪の少女である。


 特徴的な剣を持つ。


 「くっそ。くそ!」


 少女に向かって放つ弾丸も彼女の目の前で止まり、粉々に斬れる。


 「人身売買して、どんな気持ちなの? 親を亡くした子供達を海外に売るってどんな気持ちなの?」


 「う、うるせぇ! だいたいお前に関係ないだろ!」


 「あるよ」


 彼女はゆっくりと口を開く。


 「魔法少女だから。正義を執行する」


 剣を掲げて男を殺そうとする。


 死を目前として恐怖し、腕を前にして目を瞑る。


 容赦無き刃は躊躇いを見せず、振り下ろされた。


 「悪は滅する。この世に悪は要らない」


 誰かに話す訳でもなく、自分に言い聞かせる訳でもなく、ただ単に無意識に出た独り言。


 来た道を戻り、大きな布が被った牢屋の中身を確認する。


 「お、お姉ちゃん、誰?」


 「正義の味方だよ」


 「け、いさつ?」


 「⋯⋯そんなとこ。少し待ってて。すぐに解放してあげるから」


 布を再び被せて視界を塞ぎ、魔法で音を通さないようにする。


 人身売買をしていた組織の人間が男女問わずバラバラ死体になって転がっている。


 血が池のように溜まり、立ち込める臭いも彼女には通らない。


 「悪人にも人権があると思うけどなぁ」


 「だったらうちの攻撃を止めてあげれば良かったんじゃなぁい?」


 「ようやく見つけたよミドリちゃん」


 紗奈のギルド支部の支部長がコンテナの上からミドリを見下ろす。


 「ちょうど良いね。生の使徒を殺せるなんてさ」


 先程までの暗い表情と声とは打って変わって、真逆の明るい表情と声だ。


 剣の刀身が分解し、複数の細かい刃に変わる。それらが風を纏って飛んでいる。


 「あははは。面白い面白い。カス共の崇拝者の小娘の殺人鬼が、我を殺すと?」


 拍手しながら煽る支部長。片目が真っ黒に染まる。


 「力の差くらいは理解しよーよ?」


 片方二枚の合計四枚の漆黒の翼が広がる。カラスのような翼である。


 虚空から空を飛ぶ、剣や槍と言った様々な武器が顕現し、地面からはゾンビやスケルトンと言ったアンデッドが出て来る。


 他にも亡霊、吸血鬼なども出て来ている。


 「悪は滅ぼす、正義を執行する」


 「来な、緑っ娘」


 ◆


 「ようやくくっついた」


 切断された右腕をくっつけて、私はとある場所に移動していた。


 早く帰りたい。


 どうして私がわざわざ沖縄まで行かないといけないのか。


 「全く。三連休をくれるって言うから、受けちゃったけど⋯⋯はぁ。やっぱり星夜さんを連れてこれば良かった」


 モチベが上がらない。


 そんな事を呟きながら歩いていると、スマホが鳴る。


 「どうしたの?」


 同僚からの電話である。


 『今空中に居る?』


 「うん。雲の上くらい」


 こんな風に移動すれば直線で行けるので、早く終わらせられるのだ。


 『冷静に聞いてね?』


 「うん」


 不穏だね〜。


 『支部長が負けた』


 「⋯⋯そう。分かった」


 あ、目的地か。


 降りる。


 人が立ち寄らない廃工場へと入ると、数人の人間がたむろしていた。


 「誰だ!」


 「勝手に入って来るな」


 「星夜さん成分を吸収してないし、支部長は負けるし、イライラするなぁ」


 「聞いているのか!」


 私の髪の毛が銀色に染まり、碧眼に変わる。


 身体全てからマイナス温度に至る冷気が出て来る。


 「氷の使徒か」


 「厄介な」


 感情っぽいのを見せていた人間達の身体から憑依していただろう、感情無き天使共が出て来る。


 無機質な表情、感情なんて奴らには存在しない。


 私も昔はあんなんだったのだろうか?


 辛い事がある度に心が砕けそうになる。


 その都度、彼が傍で寄り添ってくれたなぁ。


 心の支えってのは嬉しいけど、凄く依存しそうになる。


 完全に依存した場合、彼と会えなくなった数年間やばかっただろうな。


 ま、今はできる『妻』だけど。


 「死ね!」


 剣での攻撃か。手でパチンと弾く。


 触れた瞬間に凍り、力で砕く。それを一瞬でやるので、剣は叩いただけで砕ける。


 「これは聖剣だぞ」


 「驚いてるの? 驚いてないの? まぁでも、所詮は剣ですからね。物はいずれ壊れるんですよ」


 襲って来た天使に触れて、力を込めると砕ける。


 感情が存在しない天使は仲間が死んでも感情を露にしない。


 「内部と外部から一瞬で凍らせて砕くのか」


 「さすがは世界最高到達点、レベル9の一人と言ったところか」


 「だが我々に通じるとは、思うなかれ」


 攻めて来る天使から順番に砕いて行く。


 残った天使は二匹になった。


 「人間がこれ程までの力を有するとは⋯⋯」


 「ねぇ、ここから手を引いてくれない? 争いたくないんだよ。めんどうだし」


 星夜さんを巻き込んでしまうし。


 「この世には平和が必要だ」


 「調和が必要だ。均衡が大切だ」


 「「平坦なバランスが必要だ。争わず、憎まず、平和が必要だ」」


 「その為に悪魔を殺すって、ばっかじゃないの?」


 って、天使に文句を言ってもしかたない。


 さっさと終わらせよう。


 「この島の悪魔の気配が消えた。お前が殺したのだろう?」


 「うん。それで? 荒くれ者の悪魔は世界の敵だからね」


 魔界からここに来る悪魔はギルド長クラスの存在を通さない限り、敵と見なす。


 敵の悪魔を荒くれ者とかはぐれ者とか言ったりしてる。


 「それで、終わりかな? 帰りたいから」


 「終わるのは貴様だ」


 「召喚サモン神氷狼フェンリル、噛み砕け」


 召喚獣か。動物は殺したくないな。


 左腕を噛ませる。


 「よしよし」


 大きな狼だな。


 頭を撫でて、天使との契約を『凍結』させる。


 「なんだと?」


 「もう、天使に従わなくて良いんだよ」


 フェンリルは私の離して、自分の世界に帰って行った。


 あ、左腕がちぎれた。


 「もう、再生に時間がかかるのに⋯⋯痛みを感じないからこんな雑になっちゃうんだよねぇ」


 皆に怒られる。再生するまでは帰れないな。


 「悪あがきも終わり、これで帰れる」


 「良いのか。このまま我々と敵対して」


 「貴様の大切を失うかもしれんぞ」


 「⋯⋯そうですか。ご忠告どうもありがとうございます。それでは、さようなら」


 私は少しばかり、怒りを込めて魔法を使った。


 沖縄支部のギルド長の家に泊めてもらおうかな。


 フェンリルって凄いんだな。数時間じゃ治らん。


 落ち着かないと、支部長に攻撃されてしまう。


 「はぁ。イライラする」

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