物理系魔法少女、残業はしたくない

 ⋯⋯おかしい。


 さすがに遅い。


 「星夜さん」


 既に私は定時で終わりだが、未だに星夜さんが帰ってきていない。


 夜勤の人達と交代しながら、私は待つ事にした。


 既に深夜の零時であるにも関わらず、彼の姿が一向に見当たらない。


 ライブでも⋯⋯しているのだろうか。


 私のスマホは今、充電が切れていて使えない。


 「定期的なバッテリー交換と充電はしないとな」


 私はスキルの体質的にすぐに電池が切れてしまう。


 心配だ。不安が押し寄せて来る。


 星夜さんだから大丈夫だろう、そんな淡い期待はダンジョンではダメだ。


 イレギュラーなどに遭遇して死亡する探索者は数多くいる。


 私だって、行きを見て以降、二度と会っていない探索者が居る。


 星夜さんのステータス評価は控えめに言っても『良い』のだが、だからこそ起こる経験不足や慢心、不慣れな事から起こる事故など。


 それに技術系のスキルが会得できてないので、戦闘技術も乏しい。


 ダメだ。


 じっとなんかしてられない。


 マイナス思考ばかりしてしまう。


 支部長室に来た。ノックして入る。


 「返事を待たないかな?」


 「私がダンジョンに行く許可をください」


 ギルド職員の制服は着ているが、見た目は小学生のような支部長。


 可愛らしい見た目だけど、中身は人間じゃない。


 「愛しの彼がダンジョンから帰って来ないので、行かせてくださいって?」


 「はい」


 「だ〜め」


 私は唇を噛み締めた。こう言われる事は分かっていた。


 「お願いします。心配なんです」


 「紗奈っちがそこまで心配する程、彼は弱くないと思うけどな〜」


 「それでも心配なんです。行かせてください」


 「ダメだよ。君がダンジョンに入る事は許可できない。ランク帯の高いダンジョンなら良いけど、彼が行ってるのは低いからね」


 「それでも⋯⋯」


 「ダメなモノはダメです。生きているから安心しなさいな」


 それだけで安心できる程、私の心は強くない。


 もう離れたくないんだ。星夜さんと。


 私はゲート前にやって来た。


 夜は探索者の人達が殆ど居らず、受付の方もだらけた人ばかりだ。


 「今、行きます」


 ゲートと私の間に鉄の棒が壁となって現れる。


 「だからさ、ダメだって。君がダンジョンに入ったら、魔物達が強くなって、ダンジョンの難易度が上がっちゃうんだよ? もうダメだよ、流石にさ」


 すぐに支部長室から来たのに⋯⋯私の後ろをつけて来た訳でもない。


 しかし、彼女は私の背後に居る。


 「⋯⋯それでも、行きます」


 「生きてるって」


 心臓が跳ね上がる。


 怖いんだ。この時間になっても、彼が戻って来ない事が。


 「私をアナタが止められますか?」


 髪の色が銀色に変わり、碧眼になっていく。


 周囲の気温が急激に下がり、氷を生み出す。


 「え、なんか寒くない?」

 「冷房の温度設定間違ってる?」

 「AIが制御してるから間違いないと思⋯⋯暖房になってる!」

 「うぅ、寒い。目覚めた⋯⋯瞼が⋯⋯」


 受付が騒がしくなる。


 「友達想いで全力を出さない紗奈っちなら、全然停められるよ?」


 支部長の周囲に浮遊する剣や槍が現れる。


 こんなところで私達が争えば、街一つは破壊し尽くす事だろう。


 そうなった場合、それこそ災害だ。それに天使どもが来てしまう。


 「彼の強さを信じて待ってあげるのも、彼を想い慕う君の役目じゃないのかなぁ? 疲れたところで君の笑顔で出迎えてあげれば、きっと喜ぶよ」


 ⋯⋯そんなのまるで妻じゃないか。仕事から帰る旦那を待つ奥さん。


 「はぁあああああ(ため息)」


 私の髪色が元に戻る。


 「分かりましたよ。朝の6時までは待ちます」


 「うん。彼、ライブ中だから見てみたら?」


 スマホの充電が無いし、あまりアカツキちゃんを見るのは嫌なので、信じて待つ事にする。


 もしも帰って来なかったら⋯⋯それとも既に手遅れだった場合は⋯⋯。


 ◆


 今が何時か分からない。


 だけど、もう相手は動けないようだ。


 何回殴った。何回蹴った。何回倒した。


 分からない。分からないけど、今立っているのはこの俺であり、勝ったのもこの俺だ。


 「終わったあぁぁぁぁ!」


 疲れ果てた精神も回復していく。


 ドロップアイテムが魔石以外にも、良く分からない杖があった。


 なんだろうこれ? ま、どうせ杖なら俺は使えない!


 つーわけでゴミだ。ゴミ。


 「ムカつくからへし折っても良いけど、せっかくだから換金するか。どれだけの金になるか分からないけど」


 さーて、配信も終えるか。


 カメラを向けているスマホに近づく。


 『おぉ、見え、見え⋯⋯』

 『あと、ちょっと』

 『もう少し下』

 『おぉ、ビッグ』

 『しょ、少女の力じゃない。なんという迫力だ』

 『ワンダフル』


 「よいっと」


 スマホの画面を操作して、配信を終える。きちんと最後の挨拶はしている。


 後に『脳筋魔法少女アカツキの胸のサイズ』や『アカツキノーブラ』で盛り上がった事は、今後も俺は知らないでいた。


 紗奈ちゃんに怒られてしまいそうなので、早足で帰る事にしよう。


 帰り道が具体的に分からないので、壁を破壊しながらになるのはしかたがない。


 暗い場所のせいか、一度も他の探索者や自衛隊を見かけなかった。


 瓦礫の巻き添えになってない事を祈ろう。


 少しだけ壁破壊が楽になった。


 ゲートの光が薄らと見えて来た。現在の時間は午前の5時58分である。


 「やっべー程長時間入ってるな。さすがのアカツキちゃんも疲れを感じる訳だ」


 社会人時代の頃を思い出したので、正直もう嫌だ。


 アンデッドにはきちんとした対策が必要だね。うん。


 あのネクロマンサーとは違うわ。今後は紗奈ちゃんに色々と質問しよ。


 ゲートを通る。


 目の前には、少しだけ目尻を赤くした紗奈ちゃんが待っていた。


 「星夜さん。遅いですっ!」


 抱きついて来る。⋯⋯や、柔らかい。どこかとは言わないが。


 いかんいかん。ここは大人として平然な態度を。


 あ、いや。疲れがどっと来て興奮していた心が落ち着き始めたわ。こんな賢者タイム嫌だ。


 「ごめんね。かなり時間かかった」


 「本当ですよ! どれだけ心配したと思ってるんですか!」


 「うん。本当にごめんね。待っててくれて、ありがとう」


 「はい。残業は禁止ですよ」


 「はは。俺ももうしたくない」



 

 『いつも遠目とか背中だったから分からなかったけと、普通に大きくないか!』

 『しかもそれでも形崩れ無しとか最強かよ!』

 『スタイル抜群であのルックスはヤバいって』


 『アカツキちゃんブラ無くね?』

 『見えないだけでは?』

 『へそとか見えるのに、ブラ要素が全く見えない!』


 『そう言う仕様なんだよ!』

 『身体に良くないから、普通に着けていては欲しい』

 『変態の集まりかよ』


 『ノーパン説もありえる』

 『あのヒラヒラスカート、なぜか良い感じになって、見えないんだよな()』

 『見えないからこそ広がる無限の世界』


 『長時間配信やったな』

 『リッチをゴリ押しで倒すのは初めて見ました』

 『きちんと対策すれば、かなり楽になる。かなりってか、ギルドでは必須にしてた気が⋯⋯』


 『ゴリ押しはやめましょう』

 『やれません』

 『無のアカツキちゃんちょっと怖かった』


 『誰も敗北を予想してなくてワロタ』

 『勝つ前提でどう押すかを楽しみにしてるからね』

 『最初から最後まで見届けたぜ。おやすみ』

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