【転】 疾風迅雷の颯

いぶき先輩は、村正を箱に仕舞うと俺の部屋を見渡した。


いぶき先輩は、青のワンピースを着ていて、平和な時代の女子を楽しんでいる感じが伝わった。


まるで男子の部屋に始めてきた女子の様に、嬉々としていた。


しかし深夜に、こんなに綺麗な顔立ちの女子が、部屋に来てるって、家族に知れたらどうしよう。


「彼女ですって?」紹介するのか?

そもそも、どうやって入って来たんだ?


窓かな?

城攻めに比べたら、2階建程度の部屋に登るのなんて容易いか。


「あっ千代吉ちよきちに、もう1つ言っておきたいことがある」

「何でしょう」


いぶき先輩は、机に座り、生足を揺らした。

まるで美少女の様に。まあ美少女なのだが。


疾風迅雷しっぷうじんらいいぶき

と、畏怖の対象だった前世を知らなければ、普通の美少女だ。

こういう時は、前世の記憶が邪魔になる。



「あのわたしと一緒にいた幸薄そうな子いたでしょう」

「うん」

「あの子、幸薄いのに、さちって言うんだ」

「うん」

「あの子ね、実は前世、殿なの」

「えっ!俺の?」

「そう。前世の記憶はないみたいなんだけど」

「ない方が良いバージョンかも」


いぶき先輩は、机に置いてあるオレンジジュースを手にして、


「飲んでいい?」

「どうぞ」


俺の飲み掛けの!ラブコメだと大変な事件だぞ!

でも相手は、【疾風迅雷しっぷうじんらいいぶき】複雑だ。

そりゃ500年前は生死を伴にして戦場を駆け巡った仲だが。


千代吉ちよきちが処刑された後、殿がどうなったか知ってる?」

「知らない」

「首が城下で晒されたの」

「あぁぁぁぁぁ」

「だから生まれ変わっても、あんなに幸が薄い顔してるんじゃないかと、生まれ変わっても消せない怨念のようなものだね」

「あぁぁぁぁぁ、忠臣と思ってた家臣にも裏切ららたし」

「それはまあ、わたしにも言いたいことはいっぱいあるけど・・・」

「何?」


いぶき先輩は、机に置いてあるピザまんを手にして、

「いい?」

「どうぞ」

と言ったものの、それは、俺の夜食のお楽しみなのに・・・

察したのかいぶき先輩は、ピザまんを半分に分けて、半分を俺に手渡した。


「結局、わたしの方が正しかった。あの時、早めに恭順を示すべきだった」

「・・・」

「わたしにだって、当主として守るべき一族郎党がいた」

「・・・」

「いや、良いわ。今言っても仕方ないし」

「・・・」


いぶき先輩は、ピザまんをもぐもぐしながら、俺の沈黙の意味を探った。

知略に満ちたその目は、500年前と同じ、敵にしたくない視線だ。


「でね、千代吉ちよきちも揃った事だし、サチも含めて戦場跡とお城に行って見ない?」

「えっ殿の首を晒された城に行くの?」

「そう」

「いやいやいやいや、前世の記憶は100%消えた訳じゃない訳だし。魂のどこかでそれは覚えている訳だし、それは・・・」

「でもわたしの魂がそれを求めているの、何か結論を出さないとって」

「言ったら結論が出ると?」

「根拠はないけど、でも、サチの心の奥にある怯えを取り除けるような気がする」

「勘?」

「そう」


俺は戦場でのいぶきの勘の鋭さを幾度度なく体験していた。


そのいぶき先輩がじっと俺の目を見ているもんだから、俺もいぶき先輩の目をじっと見つめた。


500年前もそんな事が合った。

あの頃は、いぶきとは、違う道を進んだ。そして俺や殿は死んだ。

でもあの時俺は、心のどこかでいぶきが、正しいと感じていた。


なのに俺はいぶきより、周囲の大多数の人間に従った。

心の奥でいぶきだけが、真実を見つめていると思っていたのに。


いぶき先輩の目は、あの頃と変らず澄んだ目で、真実を見つめているように思えた。


いぶき先輩は俺と腕を組んで、

「ねっ、一緒に行こう」

と囁いた。


俺の腕に綺麗な顔立ちの少女に生まれ変わったいぶき先輩の、柔らかな胸が当たり、俺の気持ちは揺さぶられた。


あれ?

綺麗な顔立ちの少女の胸が当たったって、気持ちは揺さぶられて「うん」って言ったら、俺、クズじゃねぇ?


と思ったが、

「う、うん」

と俺は答え、いぶき先輩は、

「クズめ」

と囁いた。




つづく



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