麻薬

私は麻薬中毒者だ。もう、その味を知ってしまった。

やめられるわけがない。わかりやすく中毒患者の症状が出ているというのに。


摂取している間の多幸感は想像を絶する。何物にも代えがたい。共犯者と一緒に吸いながら、最高だねと確かめ合う。気分は夢見心地で現実を忘れさせてくれる。


切れると途端に気分が悪くなる。私の場合はダウナーだ。手始めに日常が面白くなくなる。そして、自分という存在の気持ち悪さを思い出す。お前はそういう幸せを手に入れてはいけない人間だと、語りかけてくる声が聞こえる。どんどん、吸ってから切れるまでの時間が短くなってきた。五年前に吸い始めたころは、半年に一回で十分だった。二年前に供給量が増えてからは、月に一度で常に幸せだった。でも最近は、二週間に一度でも足りない。今日に至っては、十二時間前に吸ったのに、すでに気分が悪くなり始めている。


麻薬を吸い始めると、途端に他のものから面白味がなくなる。ポジティブな感情は湧いてこず、すべてが醜い現実の象徴となり、少しずつ嫌なものになっていく。イルミネーションで飾られたジェットコースターという非現実の象徴にすら、現実を感じるようになった時には、あまりの皮肉に乾いた笑いがこぼれた。


他に面白味を感じるものがあるとすれば、それは別の麻薬だ。結局そうなのだ。今の麻薬をやめたところで、違う麻薬に手を出して、また一から同じことを繰り返すのだ。今の麻薬が効かなくなったからといって、別の麻薬に手を出しても、最初のうちは少量で劇的な効果があるにせよ、結末は一緒だ。依存して、それなしでは生きていけなくなる。


頭では分かっている。しかし、他の麻薬というのは、時に信じられないほどの芳香を放つ。その程度は言葉で言い表せないほどで、今吸っている麻薬以外、世界には面白いことがないと思っていたのに、その麻薬が欲しくなってしまうのだ。


じゃあどちらも飲めばいい、というかもしれない。しかし、どうやらそれはこの世界ではタブーらしい。飲み合わせというやつだ。違う種類の麻薬を同時に摂ると、それぞれの効きが悪くなるだけでなく、下手したら死ぬのだ。では前の麻薬をやめればいいのだろうか。それは共犯者に迷惑がかかる。共犯者もとっくに依存症だ。私より重度の。私が麻薬をやめるとき、共犯者もまたやめねばならない。重度の依存者から麻薬を取り上げるのはまともな人間のすることではない。お互い、相手が他の麻薬に乗り換え、自分の麻薬を取り上げられないよう、相互監視に熱を上げている。


昨日吸ってしまったから、あと二週間は吸えない。そんな中で、より一層別の麻薬の芳香は強くなる。私は身動きが取れなくなる。昨日は麻薬を吸いながら他の麻薬のことを考えていた。もうやめてくれ。お願いだから、そんなに私の目に魅力的に映るのをやめてくれ。お願いだから、そんなに私に優しくしないでくれ。




愛は所詮麻薬だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る