都市伝説コインロッカーベイビー1
テケテケやメリーさん、コインロッカーと一夜を明かしてしまった。
テケテケが血をまき散らしながら消滅し、コインロッカーでサッカーをしたので、何処か壊れたり汚していないか見て回ったが、特に問題は無さそうだった。
手早く済ませたが、それでも時間はかかった。
仕事の準備をするために帰宅した頃には、テレビで芸能人がマヨネーズを吸って料理を作っている所だった。
眠気覚ましに熱めのシャワーを浴びてから身だしなみを整え、ベルが上手く箸が使えないからと朝食を食べせてくれと催促してきた(母が小鳥の餌やりみたいに食べさせた)のを横目に朝食を食べる。
結局一睡もせずに登校する時間になってしまった。
平成以前の人間と令和以降の人間、睡眠時間の違いは明確にあると俺は思う。平成の民はテキトーに起きてテキトーに寝ていた。令和の民は全く異なり、ポケットに入るモンスターによってスマホアプリの形で全人類がそのあまりの可愛さに睡眠時間を管理されつつあった。つまり令和の人間は睡眠不足に弱く、令和から来たか弱い男性の俺もまた同様に弱い。どのくらいか弱いかと言えば、霊長類の誇りであるパタスモンキーに遠く及ばないくらいか弱い。
ふわぁ、と漏れたあくびを片手で隠す。
大口を開けて間抜けな顔を晒してもいいが、隙があると勘違いされては面倒そうなので、動作一つも妥協できない。
距離感は近いけど、それ以上にはなれないくらいの空気が伝わってくれるとちょうどいい。
時々あくびを漏らしながら、学生としては早起きの部類に入る子たちに声をかけながら歩く。
それほど人数がいるわけでもないので、朝食は何を食べたか、夜はどれくらい寝たのか、宿題はやったか、そういった小話もついでにしておく。
全然寝てないアピールしてくる子もいる。精一杯のワルや大人を表現しているのかもしれない。が、そんなのかっこよくも可愛くもない。学生はさっさと寝ろ。
歩幅は俺の方が圧倒的に広いので、同じ子を相手にし続けることなく次々声をかけながら学校に到着。
職員室に荷物を置いたら校門前に立ち、挨拶当番の先生たちと一緒に登校中の学生たちに挨拶する。
以前は教室を見て回ったのだが、無駄に朝早くから来て寝る生徒が増えたので禁止された。
朝練を見て回ることもあるが、浮かれて練習に集中できなくなる子が多かったので頻度を減らした。
教職は朝が特に忙しいと思うのだが、挨拶当番は人気が高い。体育の先生は生活指導も兼ねているので固定なのだが、校長や教頭、各学年の主任が自分たちだけで回すと言い張り、他の先生方がそれでは不公平だと主張したりと結構な大事になったらしい。
朝から男性を立たせたままなのはどうなんだと保護者から抗議され、教師や生徒たちの間からも同じような意見があったので、ポーズで折りたたみの椅子を用意するようになった。
椅子は体育の先生が運んでくれていて、申し訳ないので俺が自分で運ぶと言ったのだが断られてしまった。
どうせ20~30分くらいなのであまり座ることがない。生徒の波が完全に途切れて暇になったら甘えて座るが、そういうことは滅多にない。
登校する学生は女子ばかりなため、身長が高くても170センチメートルほど。立っていれば見渡すことができるし、互いの顔を見ることもできる。
自分から挨拶するのが苦手そうな子にもこちらから挨拶する。それ以上はしない。特に「どうした!? 朝から元気ないなぁ!」とか言いながら肩や背中、頭に触れるような身体的接触等は厳禁だ。そんなことをしようものなら、特別扱いだと思い込んでガチ恋される可能性があるからだ。
残念ながら特別な何かが無い限り、交流が少ない相手は好感度も同様に低い傾向にある。催眠アプリみたいな薄い本御用達のなんでもアリな不思議現象を使われたら話は変わるけど。
8時30分になると遅刻の線引きとして学校の門を一旦閉じるのだが、そこまで俺が立つことは無い。
8時20分までには職員室に戻り、朝礼を行う。
基本的には校長、教頭が連絡事項を伝え、その後は学年毎に主任の先生から話を聞く。
俺のように学年担当が無い場合は必要なら呼ばれるし、呼ばれなければ校門に最後まで立っていた先生に連絡事項を伝える。
あとは椅子を用意してくれたお礼から小話に繋がり、一限目の授業が無い先生で集まってそのまま駄弁る。
そろそろ5月に入る頃合いなので、話題は自然と連休についての話になる。
聞く限りだと、運動部や一部の文化部は部活があるので完全な休みとはならないようだ。
俺は今のところ特に予定が決まっているわけではないのだが、母と何処かに出かけるとは思う。
連休前の最終日に学校の教師で懇親会と銘打った飲み会があるので、そこに顔を出すつもりではある。
「ツナカせんせ、一緒にDC2やります、か? あのゲームの3作目、買いました。ヨコスカ、ホンコン、よかったです」
「えっ」
「1から、やります、か?」
「ごめん。やらない」
DC2を買ったというおナツさんから休みに一緒にやらないかと誘われた。
一緒にやるゲームじゃなくない?
オープンワールドの先駆けで色々と拙いながらも面白いけど、多人数でやるゲームじゃないのは間違いない。
断ったら落ち込み、代わりにお出かけしましょうと誘われた。
予定も無いからいいかな、と考えていると、横から他の先生方が熱心に出掛けたいと主張してきた。
複数の女性に囲まれて気まずい思いはしたくない。
俺を置いて話が進んでいく。
遠くの温泉地に行くらしい。
いいよね、お土産。
俺が笑顔で温泉地のお土産で何が好きかを話せば、「わかります!」とおナツさんや先生方もノリノリになっていく。
行くのは遠慮するのでお土産期待してますとだけ伝えてこの場を後にする。
硬直するおナツさんや先生方。
いやぁ、お土産楽しみだなぁ。
お土産は高めのお菓子だと嬉しいなどと考えながら学校内を徘徊していると、中庭に設置されている自販機の傍でぼんやりと日向ぼっこしているユキちゃんを見つけた。
微炭酸のジュースには水滴が付いていて、雫が落ちていた。
声をかけると、楽しそうに連休の話を始める。
友達と買い物に出かける予定があるし、家族旅行も行くようだ。
みんな浮かれてるなあ。
「ツナカっち、ゴールデンウイークって晴れらしいよ!」
「へー、そうなの」
「そう! 合宿日和だよ!」
「テニス? 合宿するんだ?」
「違うよ! オカルト部の!」
「やらんやらん。ユキちゃん、友達と買い物行くって言ってたじゃん。あと家族旅行も。行けなくなっちゃうよ」
「えー。ちょっとだけでもやらない?」と不満げなユキちゃん。
男子と女子が混ざってる文化部で合宿なんてやろうものならPTAが激おこだよ。
家庭に問題が無ければ男子なんてほぼ100%門限があるし。
「そんな幻の合宿を考える前に授業ちゃんと受けなさいよ」
「いま自習だもん!」
「自習でも抜け出していいわけじゃ……。自習?」
朝の連絡では自習になる予定は聞いてないのだけれど。
俺がふらふらと歩いている間に変更になったのだろうか。
「なんかー、うちのクラスで持ち物検査したんだけどねー。授業に関係なさすぎるの持ってきてた子がいて問題になったんだよね。それで他の先生に相談するってなって、いま自習だからここでジュース飲んでんの」
「その事情からここでジュースには繋がらないでしょ。え、持ち物検査で問題起きたの? やばいのが見つかったとか? 俺も職員室行くかな」
「えー? もうちょっと話さない? そんなヤバくないよ?」
「授業に関係なさすぎてヤバくない物? DC2?」
「えっとね、パソコン部の子の鞄に紙がいっぱい入ってて、あれ絶対重いのによく持ってきたよね」
「えっ、いじめの紙とか? 誹謗中傷フォームに連絡しなきゃ」
「ちがうよー。担任の先生が言ってたけど、えっと、なんだっけな。こ、と? あ、とっとりさん? みたいなのに使う紙だからダメらしいよ」
「こっくりさん?」
「そう、それ! こっころさん!」
「それはエルフだよ。正解はエンジェル様なんだよなあ」
話を聞くと、エンジェル様(こっくりさん)の儀式で使う紙が鞄にぎっしりと詰め込まれていたらしい。
それだけでなく、どうも他の子にも既に渡していたようで、次々と紙が見つかったようだ。
クラスの半数ほどがいなくなったので、ユキちゃんはこうしてサボったらしい。
オカルトの儀式で使う紙だと説明したら「それってなんかあぶないじゃーん」という反応を返してくれた。
そうだよな、何か危ないよな。
めっちゃわかるよ。
「ユキちゃんも教室に戻ろうか。俺も一緒に行くから」
「んー。行くけど。……でも教室の空気がなんかヤダからツナカっちはすぐ職員室に戻ったほうがいいよ?」
ユキちゃんを連れて廊下を歩くと、どの教室からも異様な雰囲気を感じた。
静かなのだが、変な熱を感じる。
持ち物検査をしているクラスがあり、エンジェル様の儀式で使う紙を持っている生徒が見つかっていく。
紙を見せてもらうと、パソコンか何かで印刷したのか文字と記号が随分と精巧に印刷されていた。
他の紙も同様で、透かして見ても印刷のズレと思われる違いしかない。
どうやら大量に刷ったようだった。
職員室からこれまでの静けさとは打って変わって騒がしさを感じた。
叫び声すらも聞こえる。
ユキちゃんに一言告げてから中に入ると、パソコン部の面々が叫んでいた。
囲んでいる先生方も困り気味だ。
その中心で、パソコン部の部長が声高に叫び、紙を掲げているた。まるで現代の免罪符のように。
「全部! ツナカ先生のためなんです! 先生にはこれが必要だ! 何故わからん!」
あー、面倒くさそうだ。
帰りたいなぁ。
もう疲れちゃってぇ。
「っ! 先生! 来てくださったのですね!」
……気づかれてしまった。
満面の笑みでパソコン部の部長が俺を見て、隣にいるユキちゃんに気付くと目つきが鋭くなった。
まさに電話帳で「殺し屋、殺し屋……」と呟きながら何かを探す小学生の如き眼光の鋭さ。
「何故お前がここにいる! お前のせいで! お前のせいで! ツナカ先生と話せなくなる! ツナカ先生がパソコンを使わなくなる! 我々に会いに来なくなる! 我々がオカルトを調べる!」
ワァ……。
拗らせちゃってる……。
刺激しそうだからユキちゃんを背中に隠す。
「見てください先生! この紙を! 我々の精神が形になったような物です! これがあればオカルトを調べなくても見つかりますよ! 頼ってください、我々を!」
こっくりさん一年分プレゼント、みたいな紙束を見せてくる。
そんな精神は要らないし、紙ももったいない。
俺を思うなら今すぐその呪物を燃やして欲しいよ。
もう既に一度面倒事が発生したんだ。
伝わるかわからないのでどう返答すべきか迷い、結局物理で紙を奪って拘束してしまおうかと悩んでいるとユキちゃんが前に出る。
もしやオタクに理解あるギャルなのか?
「ツナカっちはオカルトを調べてるだけで、オカルトを作りたいわけじゃないんじゃない? そんなにいっぱい持ってても意味無いと思うの。っていうか自分のことだけ考えて相手のほしい物がわかってないのに頼れって変じゃない? あと職員室で騒いだらツナカっちだけじゃなくて皆に迷惑じゃない?」
「お、お前のせいだろうがああああああ!」
「わたしのー? なんでー? どこがー? どうしてー?」
ずんずんとユキちゃんがオタクの群れに向かって歩みを進める。
俺にはわかる。
1人のユキちゃんのほうが、10人以上いるオタク女子よりも圧倒的に強い。
悲しいけどこれが現実なんだ。
真っすぐ迷いなく近寄るユキちゃんに怯えた部長(陰キャ)が恐怖からか「ヒェッ」と一言漏らした。
集まると気が大きくなるのがオタクだが、真っすぐ向かってぶっ飛ばされそうになると烏合の衆と化すのはいつの時代でも同じようだった。
あれほど燃え上がっていたパソコン部の気炎は、ユキちゃん一人との対話によって風前の灯火だった。
「う、うわあああああああ!」
ユキちゃんの接近に耐えきれなかった陰キャが叫びました。
耐え切れたとしても近接戦闘が待っているので、どちらにしろ勝てなかったでしょう。
それを皮切りに、他の陰キャたちも同様に叫びます。
自分たちの世界から叩き出されたらバチクソ弱くなる悲しい生き物、それが陰キャです。
もう彼女たちは何を叫んでいるのか、何をやっているのかわかっていないでしょう。
まるでダチョウのようです。
ダチョウは一匹が走り出すと、理由もなく群れ全員で走り出し、なぜ走ったのか忘れる生き物です。
この様子に、先生方も混乱しています。
「ツナカっち、どうしよう」
「どうしようね」
困ったように戻ってきたユキちゃん。
俺も困った。
その時、窓の外にコインロッカーと、その中から伸びた黒い手が見えた。
その黒い手が、職員室の窓を一斉に開けた。
「……ツナカっち、どうしよう。わたしはよくわかんないけど、だいじょぶそ?」
「だめそ」
ばさばさと勢いよく風が吹き込んでくる。
その風に飛ばされ、パソコン部の面々が持っていた紙は学校の内外へとばら撒かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます