テケテケ3

 

 アキベエル……ベルでいいか、ベルが上手く箸が使えないからと夕食を食べせてくれと催促してきたり(母が小鳥の餌やりみたいに食べさせた)、風呂に入ってたらベルが突撃してきたり(母に回収されていった)、母より先に風呂から上がったベルの髪を乾かしたり(気づいたら母の髪も乾かしていた)、ベルが上手く歯磨きできないので手伝えと言ってきたり(母に仕上げはおかーさんされてた)、ベルが眠るには子守唄が必要だと催促してきたり(結局母に眠らされた)、帰宅後は色々と忙しかった。

 

 自室でベッドに寝転びながら、掲示板のスレを眺める。

 スレへの報告自体は早めに済ませたので、今は情報を纏めたり、雑談しているようだった。

 そろそろ寝ようかと考えていると、部屋がノックされる。

 ドアを開けると瞼が半分閉じて眠そうなベルが居た。

 こっくりこっくりと船を漕ぎ始めている。こっくりさんってそういう意味?

 

「美しい人……。私を招き入れなさい……」

 

「眠いの? ふらふらしてるし自分の布団で寝なよ」

 

「アキベエルは、安らぎを必要としています……。そしてしるしを告げる必要もあると感じています……」

 

「はあ、そうなんだ。よくわからないけど、どうぞ?」

 

 招き入れると、ぼやっとした様子のまま俺のベッドに潜り込んだ。

 何処か満足気だった。

 

「私を呼び寄せたしるしを、貴方は持っている……」

 

「徴……?」

 

「あの場には紙片となった一枚だけが……。しかし、他にもあります……。それは極めて近くで、つまらぬ手段で複製されていました……」

 

 そう言うと、ベルは静かに寝入ってしまった。

 話の途中だけど限界だったらしいので、仕方なく布団をかけてやる。

 紙片となった一枚と言われて思い出したのが、エンジェル様の儀式で使われた紙の燃え残りだ。国民的な海賊漫画でいうところの、兄弟の命の危機に気付いて助けに行かないとけいないくらいの残りカスだ。

 試しにスレに載せれば、勝手に色々と考えてくれる。

 ほんの僅かな時間でわかったことは、この紙が印刷された物だということだ。これだけだと特に有益な情報に繋がらないが、ベルの「近くで複製されている」という言葉でピンときた。

 今の時代の学校でコピー用紙を印刷できる場所は限られていて、それこそ職員室かメディア室くらいだ。

 一応印刷室みたいな場所もあるが、わら半紙用だからな。輪転機? という名前の印刷機だった気がする。

 灰色の脳細胞かってくらい完璧な推理だ。

 「極めて近く」という天使の表現が人間と同じだったら、という注釈が付くけれど。

 

「イクゾー!」

 

「デッデッデデデデ!」

 

 カーン、と母がおたまで鍋を叩いて高い音を響かせる。

 深夜なのにネタに付き合ってくれた母に感謝……。いや、感謝することか?

 「アキベエルは、突然目覚めました……」「あらやだ、起こしちゃったぁ。ごめんねぇ」というやり取りを背に聞きながら学校を目指す。

 学校まではそれほど遠くないので、今夜はメリーさんを追いかけた時のように走ることはしない。

 途中で夜空でも見ていたのか、ベランダから双眼鏡で遠くを覗いている女性を見かけた。

 天体観測にしては角度が低いので、夜景を見ているのかもしれない。

 こんな時間だが近所なので挨拶すべきか、と悩んでいると血相を変えて部屋へと戻ってしまった。

 何か見えたのだろうかと、女性が双眼鏡を向けていた方角を見る。

 男とも女とも見分けが付かない人に似た何かが笑顔で手を振りながら走ってきた。

 足音がばたばたしているし、手の振り方も大袈裟な気がする。

 近くまで来たが我慢できずに腹パンする。

 

「うるさい。静かにしなさい」

 

「はい……」

 

 俺が注意すると、反省したように静かになって徐々に消えてゆく。

 その肩を掴む。

 

「待て」

 

「えっ」

 

「まだ消えるな。折角だからゴミ拾いしていきなさい」

 

 消えそうになっていたが、気合でキャンセルする。

 元気が有り余ってるからこんなことをするのだろう。

 さっきまでの笑顔と元気は何処へ行ったのか、とぼとぼとゴミ拾いを始めた。

 

 妙なアクシデントはあったが、ガラケーをポチポチしながらなんとか学校にたどり着いた。

 深夜の学校はなかなか雰囲気がある。

 非常階段の位置を示す緑のライトや、消火栓の赤いランプが僅かに外から確認できるのが更にそれっぽい雰囲気を醸し出している気がする。

 ゆっくり外から学校を眺める来たわけではない。

 さっさと中に忍び込んで用事を済ませたいところだが、所謂良い所のお子さんが通う高校なのでセキュリティーがしっかりしている部分もある。

 正面から馬鹿正直に入ると警報が鳴ったりするので、見回り用の裏口から入り込む必要がある。

 別にこういう時のためではないが、色々と警備員の方にお話を伺ったりしていた。

 特に何かが起こることも無く校舎に潜入できた。

 持っていたガラケーで何か面白い情報や考察が書き込まれていないか確認しよう。

 目に入ったのは「テケテケに気を付けてな」の一文。

 テケテケは苦手なんだよなぁ。

 

「参ったな……。寒くなってきた……。音も聞こえる……。うちの学校にテケテケの怪談なんて無いはずだけど」

 

 テケテケという音が聞こえ、一人でぼやく。

 薄暗い廊下でも、俺の吐いた息が白くなったのがわかった。

 都市伝説の一つに『テケテケ』という話がある。

 下半身を失った少女や女性の霊が、上半身だけで移動する際に起きる音がテケテケの由来となっている。

 腕の力だけで引きずるように移動する音だったり、肘を立てて這いずる音だったり、浮遊している時の飛行音だったりと、テケテケという音が発生する仕組みは多い。

 なぜこれほど多いのかと言えば、話のバリエーションの多さのせいだ。

 下半身を失うまで過程、失う事故、そこからの顛末、その後の霊としての活動……。

 厄介なことにテケテケというのは種類が豊富である。

 そして、豊富な種類は出現条件の多さにも繋がり、何処かで聞いたことのある都市伝説と混ぜて更に面白おかしくしようとする輩のせいで更に増える。

 血が凍るほどに冷えた冬の深夜、人のいない線路がテケテケの出現条件だった。

 だが、今となってはもっと気軽で、もっと悪意に満ちている。

 話を聞いた者の元に現れる、というオチが付けられているからだ。

 

「……けて、助けて……」

 

 まず始まりは、か細い少女の声だった。

 たぶん高校生くらい。

 これは特に古いタイプのテケテケだ。

 この話を作った者は、単に気味の悪さや後味の悪さを表現したかっただけに違いない。

 雪国の少女が電車で轢かれ、下半身がバラバラになってしまった。

 その日はあまりにも寒かったために血管が凍り付いてしまって即死できず、上半身を引きずりながら駆けつけた人々に助けを求めた。

 当然のことながら、誰も助けることができず、その悲惨さから隠すようにブルーシートを被せられてしまい、苦しみの中で孤独に死んでしまった。

 この時の少女の霊が、今も尚成仏できずに下半身を探して現世を彷徨っている、という話だ。

 どれだけ寒くても、世界単位で見ても血管が瞬間的に凍り付いて即死を免れる氷点下に見舞われる場所等ほぼ無い。電車に衝突して意識を保つことだって難しいに違いない。そして、この場で正しいのは単なる正論では無く、善悪ではなく信じたいと思う人の意志だろう。

 

 俺が出来ることは少なく、敵意を持たれたら「破ぁ!」ってするくらいだ。

 そうするのが早いし楽なんだけど、即決するのは嫌だった。

 何処の誰かは知らないし、もしかすると全く学校とは関係のない女性かもしれない。

 でも、ここは学校で、俺は今は先生をやっていて、彼女は少なくとも学生に見えた。

 

「ごめんな。俺には助けることが出来ないんだ」

 

 廊下を這いながら伸ばされた手を握る。

 そして、その軽くなってしまった上半身を抱きかかえる。

 手も、身体も、氷のように何処までも冷たかった。

 少しでも暖めてあげたかった。

 俺の顔を見て、彼女は何かを言おうとした。

 だから俺も待って、その口から何かが紡がれることは無かった。

 ばしゃばしゃと音がした。

 大量の血だった。

 寒さはいつの間にか消えていて、凍り付いたことで生き永らえていた偽りの命は儚く消えた。

 僅かな重さも、抱えていた感触も、氷のような冷たさも残っていない。

 古いタイプのテケテケだった彼女は、そのまま消えていた。

 

「趣味が悪い……」

 

 舌打ちしながら窓を見れば、窓際に寄りかかる女子高生がいた。

 そして俺を見てニヤリと笑うと、窓を開けて飛び込んで来た。

 これもまたテケテケで、上半身だけが現れる。

 

「飛び込んできな。精一杯抱きしめてやる」

 

 両手を広げて迎え撃つ。

 このテケテケは確か、放課後に出現するタイプによくあるパターンだ。

 教室や廊下の窓際に見覚えのない綺麗な少女がいて、目が合うと飛んだり跳ねたりしながら追いかけて来るという。

 だから俺は逃げずに迎える。

 都市伝説の形に嵌ると面倒になるという思いもあるが、学生の彼女たちを蔑ろにしたくなかった。

 結局このテケテケも、僅かな時間だけ抱擁すると消えてしまった。

 やるせなさを誤魔化すためにガラケーを使って情報を書き込むが、あまり役に立たなかった。

 というか「下半身無いからちんこ生えないし守備範囲外」という意見はガチでキレそう。

 

 次々とテケテケが現れては消えてゆく。

 順番待ちをしているかのように現れ、手を繋いだり、抱擁すると消えていった。

 男の下半身には興味が無いのか、隙を突かれて足を掴まれたこともあったが、そのテケテケは恥ずかしそうに引き下がった。

 ガラケーが鳴る。

 ノイズの混じった着信音、文字化けする画面、勝手に通話が始まる。

 

『私、メリーさん。いま邂ア闊にいるの』

 

 唐突に、地面からコインロッカーが生えてきた。

 一斉にロッカーの扉が開き、赤子や動物の鳴き声が鳴り響く。

 そして中から手に似た何か飛び出して、テケテケに群がっていく。

 

「私、メリーさん。いま貴方の後r」

 

「二度は無いって言ったよなあ!」

 

 声が聞こえた瞬間、背後に現れたメリーさんを掴む。

 気配を頼りに探知すれば余裕だった。

 そのままメリーさんを投げつけ、テケテケを捕まえようとしていた手を蹴散らす。

 勢いに乗ってコインロッカーに乗っかり、無限1UPするおじさんのように跳躍して歪める。

 俺を取り込もうとしているのか、ロッカーから生える黒い手がわらわらと纏わり付いてくる。

 

「ああもう! 鬱陶しい!」

 

 黒い手を掴み、転がっていたメリーさんに結び付ける。

 そう、令和の民なら誰でも出来る機結はたむすびだ。

 コロナという流行り病によって令和の民は誰しもがキャンプに目覚め、様々なロープの結び方を覚えた。

 身動きが取れなくなった手とメリーさんをロッカーに押し込み、ヤクザキックでコインロッカーを蹴り転がす。

 もういい。

 このままで俺は行く。

 名残惜し気に消えていくテケテケに申し訳なく思いながら、朝の陽ざしを背に浴びながら俺はコインロッカーの断片を蹴り転がしてメディア室へと向かうのだった。

 うわ、もう朝じゃん……。


 結局、メディア室には何も無かったし、調べている間にボロボロになったコインロッカーを逃がしたし、ゴミ拾いをしている人に挨拶して帰宅した。

 徹夜したのに何の成果も得られませんでしたとさ。

 

 

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