こっくりさん2

 

 

 危惧していたメリーさんの電話も無く、安眠できるようになった。

 これなら俺を油断させてから奇襲を仕掛けようとしていても、休息できているので逆に追い詰めることも可能だ。

 余裕を持てるようになったので、以前のように授業を渡り歩く。

 最近は口裂け男やらメリーさんのせいで体を使うことが増えたので、体育の授業を多めに混ざる。

 短パンにシャツ一枚といったラフな格好で運動をしたいところだが、女子高生もいるから格好には気を付けるとしよう。

 元の世界だったらセクハラになってしまうし、こっちの世界だと刺激が強すぎるかもしれない。

 ほとんど男子校のような環境で、新米の女教師が無防備な姿で体育に混ざると考えるとわかりやすいだろうか。

 仕方なく野暮ったいジャージを着て素肌を隠し、麦わら帽子で頭を守りつつ、顔を少しだけでもいいので隠しておく。

 生徒が俺を意識し過ぎないようにとの配慮だ。

 

 他の男子みたく萌え袖とやらをしたら可愛いと思われるかもしれないが、今やっているのは球技なので論外だ。

 なんなら捲り上げて少しでも動きやすくなろうとしている。

 未知の可愛さよりも僅かな気楽さを優先するよ。

 

 今参加している授業で行っているのは公式野球だ。

 ソフトボールは野球に憧れた物好きな男子がやるスポーツで、女子高生は硬式野球が基本だという話だ。

 まだ体育の授業に混ざって間もない頃は、男が混ざるのに懐疑的な視線を送っていたり、手加減してくれていたのだが、今ではそんな優しくて丁寧な扱いとは無縁となってしまった。

 何が琴線に触れたのか、ピッチャーはガチで抑えにくる。

 俺がバッターをやるとなると、野球部の娘がマウンドに上がる始末だ。

 競技性と平等性を授業では守るために、同じ野球部相手以外では野球部がマウンドに上がることを禁止していた気がするのだが。

 まさか俺は野球部だった……?

 そんな益体の無い事を考えながら、球を打つ。

 振り切った勢いでバットを手放す。

 心地の良い衝撃が手に残る、芯に当たったようで音も綺麗だった。

 外野も球を見送っていた。

 

「……先生、今の球が何かわかって打ちましたか?」

 

「球種? わからないけど来たのをそのまま打ち返したよ」

 

 マウンドからは悔しさを隠そうともせず、俺を睨みつけるピッチャー。

 感情が抑え込めないようで、ポニーテールが尾のように揺れている。

 俺だからいいけど、他の男子にそんな視線向けたら村八分だぞ。

 そもそも俺以外に打たれるわけないんだろうけど。

 口々に話している生徒たちに手を振りながら、ダイヤモンドを一周する。

 

「全く無駄な力が入っていない美しいバッティングフォーム。ちゃんと動画で撮った?」「撮った撮った。汗がえっちよね」


「途轍もない柔軟性と手首柔らかさがあのしなやかで力強いミート力を生み出してるね……」「じゃあ触ったら柔らかいってコト!?」「二の腕見なさいよ。筋肉で硬いでしょう、どう見ても」


「技術というよりは持っている身体能力ですわね、末恐ろしい」「んほー、やっぱ男教師のお尻はむちむちでたまんねー」「あんなんお尻だけじゃなくて足も胸もきっとムチムチですわ」

 

 

 

 

 

 授業が終わって「放課後も勝負だからね! 最近サボりすぎでしょ! ボクから逃げないでよね!」と件のピッチャーに言われてしまった。

 確かに最近は都市伝説にばかり集中して、部活に混ざるのも疎かになっていた。

 一応オカルト部の顧問になってしまったが、部員の1人であるハルくんは男子だ。

 男子が毎日部活動に励む、なんて事は全くなく、週に2回ほど活動したら多いだろう。

 

 もう1人の部員であるユキちゃんは女子で兼部しているが、オカルトな活動が無いときはサボって遊んでいるようだ。

 編みぐるみが上手だったので手芸部かと思いきや、運動部に一応籍があるらしい。

 朝練もほとんど出たことが無いようだが、そもそも部活そのものが自由参加で問題ないと明言されていた。

 顧問の先生も部活に関わってる余裕が無い場合もあるから自由参加も悪くないよな。

 

 ユキちゃんが運動部の方に顔を出していない理由の一つに、俺の部活に入っている事も、ちょっと、ほんの僅かに、たぶん紙一重で関わっているので、ちょっと挨拶しておこう。

 テニス部だったよな、と校庭の外れにあるテニスコートへ向かう。

 活気があるのか、少し離れた位置からでも声が聞こえる。

 自由参加だが、やる気がある生徒は頑張っているのだろう。

 唐突に轟音が鳴り響き、シングルスをやっていた女子の片方が吹っ飛んでいった。

 凄まじい勢いのテニスボールが突き刺さり、勢い余って吹っ飛ばしたのだ。

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 あまりにも勢いが強かったので、女子生徒は金網に磔となった。

 

「立ちなさい! 貴女はまだ負けていませんよ!」

 

「で、でも御姉様……。スコアも、体力も、もう……」

 

「立ち上がりなさい! テニスの本質を理解していないのですか! どれだけスコアに差があろうとも、相手を消し飛ばせば勝てるのです! そう、この様に!」

 

「お、御姉様……」

 

 御姉様と呼ばれた女子が、吹っ飛んで金網にめり込んだ女子を叱責していた。

 ジャージの色が少し違うので先輩と後輩なのだろう。

 と思ったら、御姉様がそのままボールをトスした。

 ゲーム再会らしい。

 爆音とともに、サーブされる。

 ボールが数多に増え、動くことも儘ならない後輩の全身に突き刺さった。

 

「その程度で諦めるのかしら?」

 

「でも御姉様、私、もう疲れてぇ、動けなくってぇ……」

 

「先生が貴女を見守っている、と言っても?」

 

「御姉様! 私、まだやれます!」

 

「そう。やはり死の淵から蘇るとテニス力が上がるわね。でも、貴女にこれを耐えられるかしら!」

 

 御姉様がサーブすると、ボールが無数に分身する。

 なんとか金網から脱出した後輩が、意を決したように迎え撃つ。

 

「私一人じゃ御姉様に勝てないなら! 勝てる人数になればいい!」

 

 そう言って後輩は分身する直前まで力を発揮できたのだが、無数に増えたボールが玉突きを起こして加速した一発によって邪魔される。

 そしてそのまま再び金網に縫い付けられてしまった。

 遅れて増えたボールが突き刺さり、意識を刈り取った。

 

「今は眠りなさい……」

 

 ちょっと部活じゃな聞いたことない言葉だ。

 一目見ただけでわかるがテニスというのはとんでもないスポーツらしい。

 俺はテニスについてはにわかだが、令和でもウインブルドンの難しさは周知されていた。

 確かにこれを見たらどれほど難しいか理解できる。

 

「あら、先生。テニスに興味が?」

 

「実はあまり知らなくてね。運動はしたいんだけど」

 

「ふふふ、正直ですのね。よくってよ。初心者用の道具もありますから」

 

 眠りなさいとか言われていた後輩も、気付けによって強制的に目覚めさせられた。

 そのまま楽しくバドミントンやった。

 野球部はいかなかったので、帰り際に練習しているピッチャーの娘に手を振っといた。

 

 

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