こっくりさん3
ウィジャ盤かこっくりさんをやってみましょうね、みたいな話をおナツさんとしてから数日が経った。
俺は結構テキトーな性格なので軽い気持ちで約束したのだが、おナツさんは真面目な性格のようで準備して回っていた。
空き教室か、会議室でやりましょうか、等と言われた時はちょっと驚いた。
学校の教室をオカルトに使うには、と俺は言い澱んだ。
オカルト系の部活をやっておいて何だって話ではあるのだが。
おナツさんは納得した様で、俺の言葉に深く頷くと、自分の部屋でやりましょうと言い出した。
違う、そうじゃない。
やっぱり学校内で探そうと提案すると、おナツさんは小さくガッツポーズしてやる気を見せてくれた。
「こことか、良いです、か?」
「ここは準備室だから狭すぎるね」
「うぇる……残念です」
2人で見て回るが、ちょうど良さそうな部屋が見つからない。
やる気があるのは良いのだが、事あるごとに狭い部屋を勧めてくるので進みも遅い。
張り切りすぎて空回りしている感じは否めない。
俺が断ると、おナツさんがはにかんで笑った。
いつもの色眼鏡は外していて、ヘーゼル色の瞳が子供っぽく輝いている気がした。
「せんせ、こっくりさんについて聞きたい、です。ウィジャボードと違います、か?」
「確かに日本向けに変化したこっくりさんだと差異がありますね。折角なので説明いたしましょう!」
「おー、やったー」
小さくぱちぱちと拍手するおナツさんに、準備室の椅子に座るよう伝え、俺も対面に座る。
やや暗い室内は、いわゆる「怖い話」をするには向いている雰囲気でもあった。
おナツさんも興味があるようなので、遠慮なくこっくりさんについて説明を始める。
まず、祖としてテーブルターニングという占いが日本に伝わったのが始まりとされている。
テーブルターニングは古くからあるらしく、アンバランスなテーブルを複数人で囲って行ったとされている。
おナツさんは知っているようなので割愛するが、アメリカではそのテーブルターニングがウィジャ盤に姿を変えた。ウィジャ盤は、儀式道具を簡易化した文字盤で、超常のモノを降ろす降霊術や交信する交霊術をお手軽に行えるとされて流行ったらしい。
そんなテーブルターニングが日本に伝わり、ひらがな等で日本に馴染みのある形となったのがこっくりさんだ。
こっくりさんは昭和でめちゃくちゃ流行ったらしいが、俺はその時代は存じていないので後ほどいつもの掲示板のスレで聞いてみるとして。
そんなこっくりさんだが、テーブルターニングと同様に不安定なテーブルで行う。道具は白い紙に、「はい」と「いいえ」、鳥居、そして五十音のひらがなを書き込むだけで済む。この手軽さも昔のブームに繋がったのだろう。
準備ができたら机の上に紙を広げ、10円玉を置いてその上に各々の人差し指を重ねて「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」と唱えると儀式が始まる。
なんでも答えてくれる万能霊が降霊するかと思いきや、実際の所はそこら辺に漂っている低級霊に力を与える場合が多いようだ。
狐狗狸さんなんて当て字がされる通り、特に動物等の畜生が降りやすい。こいつらは当然だが加減を知らないので、力いっぱいまで暴れまわるし遊び半分で祟ってくる。
儀式の終了には「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻り下さい」とお願いし、相手が了承しなければならないのも癖があるポイントだろうか。実際に低級霊が降って湧いた力を得た場合、そんな気軽に力を捨てるはずが無い。解決方法としては、呵々大笑とばかりに笑うか、力いっぱい罵って、力技で紙や机を破壊するのがオススメだろう。
「日本ではこっくりさんのせいで集団ヒストリーが起こってね」
「あー、せいれーむ、みたい?」
「そんな感じ。こっくりさんは禁止されてたんだけどね。エンジェル様とかキューピッドさん、ラブさまと名前を変えて脈々と語り継がれてたりするんだけど。フォーマットは一緒だからこっくりさんとほとんど同じ結果になるはず」
こっくりさんに関しては研究されまくってたりする。なんならとある哲学者が「恐怖」や「不思議」について考えすぎて妖怪博士となるのだが、その道のりで哲学的に解明されたりもした。
要はタネが割れ切って次に続かない可哀そうな都市伝説としての面を抱えてる。
人の噂や恐怖を力となる、なんて都市伝説ではよくある設定だが、それに則ると可哀そうなくらい弱体化しているだろう。
精々が人の意識を奪うって悪戯するか、小物を動かす程度だ。
そう考えると、エンジェル様やキューピッドさんという亜種は厄介かもしれない。こっくりさんから独立し、子供たちに受け継がれて正体不明というポテンシャルを秘めている。気がする。
「ラブさま、やります、か? 紙とペンがあればできます。手をつなぎます、か?」
おナツさんが言っているのは変異したラブさまだ。紙に大きくハートを描き、その中央に一緒に握ったペンを立てて行う。簡易的だが始まりも終わりも無いため、成功すると、いや、失敗すると降霊・交信先が帰ってくれなかったりする。
大抵は心理的な恐怖や不安によるモノだが、稀に説明できないような現象が起きる。
折角だからやってみようか、と差し出されたおナツさんの手を取ろうとするが、俺の勘はここじゃない何処かで行われていると囁いた。
おナツさんの細くてひんやりとした手首を引っ張り、準備室から飛び出した。
異様な気配がする方向に進む。
おナツさんも伝わっているようで、恐怖からかはぁはぁと小さく息を荒げていた。
辿り着いたそこは、俺も慣れている男子用の教室だった。
扉が施錠されているのか、力を入れてもびくともしない。
一度おナツさんの手を放し、教室の教壇側の扉を試すがこちらも開かない。
教室の前後の扉が固く閉まっている。
ぶっちゃけ許されるから破壊してもいいのだが、内部で集団ヒステリック等を起こしていたら大きな音でとんでもないことに繋がりかねない。
前後を凄まじい速さでノックと扉を開ける動作をする。
そして、油断させた所を壁蹴りで天井を叩き、電灯等の配線をメンテナンスするための点検口からに天井裏に忍び込む。
そのまま教室の真上まで移動し、点検口から同じように降り立つ。
着地狩りに対抗するため、最大限まで気配を消し、しなやかさを忘れない。
「これは、ちょっとよくわからない状況だ」
部屋の中央にはこっくりさんによく似たフォーマットの紙。鳥居の代わりに中央にハートが描かれていて、五十音がその中央のハートを囲むように書かれている。
エンジェル様を行ったようだった。
「うぇーる……。あれは、えんぜる様です、か?」
「うーん、そうとしか思えないよねぇ」
教室内には3人の男子が倒れていて、エンジェル様用の道具が置かれている机の真上には少女が浮遊していた。
何処までも透き通っていて、重みを全く感じさせない華奢というか神秘的な雰囲気。
その少女の背には、半透明の何かが生えていて、俺には不思議とそれが彼女の羽根なのだと理解できた。
「せんせ、ツナカせんせ。天使は何も与えません」
「聖書に依らない?」
「あー、私の知る天使は何も与えません、でいいです、か?」
俺は天使についてはあまり知らないのでどうでもいいが、おナツさんの言葉だと可笑しな話になる。
何も与えないのに、子供の遊びで降臨してしまっている。
畜生クラスが真似して遊んでいるのなら俺は全然オッケーなんだけど、俺の勘は本物だと言っているので「破ぁ!」と気合を入れても解決しないだろう。
勘は大事だ。
俺がこの世界で問題を起こさず生きているのも勘のおかげだ。
「我々は告げにきた」
能面のような無表情で、作られたように精密で美しい幼い顔が、俺を見定めていた。
あまりにも澄んだ金色の髪が、揺れることなく整っていた。
空気がざらつく。
少女(天使)の真下にあった机等の一式が影のような黒い何かに飲み込まれ、コインロッカーの一部が現れた。
扉が開く音が大げさに響くと、コインロッカーの内部から無数の赤子の鳴き声とともに、黒い手に似た何かが伸びた。
それらが天使の背にある見えない羽根を毟っている。
「あの、それは大丈夫なんだ?」
「我々は告げにきた」
「あ、はい」
どうぞ、と先を促す。
その大きな瞳が、ぱちりと瞬いた。
「忘れた。現在奪われているのが原因と考えられる」
「破ぁ!?」
天使の間抜けなその一言に、驚きながらも気合を込めてコインロッカーの一部を殴る。
コインロッカーは潔くすべての扉を一斉に閉じて、黒い何かの中へと戻って行った。
「私は、使命を損なった」
あれほどまでに美しいとしか思えなかった少女が、眉を情けなくへの字に垂れさせていた。
あー、掲示板で相談しないとか、これは。
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