こっくりさん1

 

 ここ数日、都市伝説に集中しすぎている気がする。

 男子に顧問を頼まれたから、半ば義務的な意味合いもあるし流しながらやってみるつもりだったのに。

 メリーさんメリーさんと連呼していたが、メリーさんなんて元の世界でも有名な話なのだから態々こちらでも食いついてもしょうがないのではないだろうか。

 深夜に連日電話が掛かってくるようなら対応を考えるし、掲示板で教えて貰ったアンサーさんやこっくりさんを利用してみよう。

 

 メリーさんの話題は一度思考から追いやって、さて、何を考えた物か。

 例えばコインロッカーへの対策とか。

 攻撃力を上げることで一撃で吹き飛ばすのはどうだろうか。

 そうなると、武器を装備しなければならない。

 俺が手に入れることのできる武器と言えば金属バットや釘バットくらいだ。

 あとは割りばしで作った輪ゴムの鉄砲とか。

 いや、違う違う。

 都市伝説から離れよう。

 

「都市伝説ばっかり考えて食傷気味なんですよね。おナツさん、最近の流行りって何があります?」

 

「わ、私ですか? えー……えー? なんでしょう、かー?」

 

 ALTのおナツさんに尋ねてみたら、えへへ、と困ったように返される。

 彼女の本名はナッハベルなのだがあまり可愛くないとのことで、深い事情もなく「おナツさん」というあだ名が採用された。

 肩の長さくらいで切り揃えられた赤茶色の髪と、白い肌、薄いそばかすが特徴だろうか。あとは赤いフレームの丸い色眼鏡を掛けている。

 胸はそれほど大きくないが、外国人に憧れを持つ男子生徒たちから人気があるようだ。

 

「その前にALTってなんでしたっけ」

 

「外国語の授業でお手伝いする人ですね。あしすたんと、らんげーじ、てぃーちゃー、の略語です」

 

「あしすたんと、らんげーじ、てぃーちゃー」

 

「ぐっど、です」

 

 「はなまる、です」と可愛く褒めてくれるのでちょっと照れてしまう。

 カタカナ英語だろうと言葉にしたら褒めてくれるので授業も人気があるらしい。

 そんなおナツさん、流暢に喋ると日本人には伝わらないと理解してしまったようで。

 学生のリスニングを鍛える前に、日本人特有の単語で区切るカタカナ英語を修得してしまった。

 当然のことながら、授業だとスラスラと英語を読んで、正しい発音を教えてもいる。

 必要に応じて使い分けているとのことなので、頭がとてもいいのだろう。

 

「銀行で、2000円札、貰いました。これなら流行です、か?」

 

「うわっ、本物だ……。久しぶりに見た……」

 

 彼女の可愛いお財布から取り出されたお札に目を丸くする。

 首里城が描かれているのだが、見慣れない物のため、なんとなく偽札に見えてしまう。

 自動販売機で飲み物を買うことはできないし、迂闊にコンビニ等で支払うと偽札扱いされてしまう悲しい日本銀行券だ。

 裏面に昔の絵巻が描かれているのに初めて気づいた……。

 おナツさんが卓上ライトを使って透かしを見ているので、横から俺も覗き込む。

 互いの顔が迫り、距離感が近くなってしまったが、おナツさんは嬉しそうなのでセーフだろう。

 

「すごいけど、発行されたのが2000年だから流行は過ぎてると思う」

 

「あー、残念です。でも私はとっても良かったです。銀行員さんに、ありがとうって言います」

 

「2000円札ありがとうってお礼を? なんかシュールだなぁ」

 

 「ぎんこう、はなまる」とニコニコしながら2000円札を財布に戻すおナツさん。

 よく見ると小銭入れがパンパンになっている。

 小銭の使い方がわからないようだ。

 端数調整とかは外国の人には無い文化なのかもしれない。

 

「あ、最新機種の2が出ました! ゲームです! 私はこれが楽しみで日本に……あ、えと、ゲーム好きです、か?」

 

「アニメも漫画もゲームも好きですよ」

 

 おどおどし始めたおナツさんに、俺も好きだと告げる。

 二人で顔を合わせてにこにこ笑う。

 海の向こうでもこの時代だとオタク(ナード)の扱いは変わらないようだ。

 

「そういえば出ましたよね、プレイ……」

 

「はい! DCの2です!」


「……何が出るのかもう一回聞いていいですか?」


「DCの2、です。好きなゲーム、違いました、か?」

 

「いや、好きですけど。……正気か?」

 

「は、はい。Sanityは消失してません」

 

 手持ちのケータイで調べれば、おナツさんの言葉通りだった。

 俺の世界では途絶えたはずのゲーム機の後継機を出るようで、掲示板は変な意味で賑わっている。

 レーザーディスクを採用しようとしていたとか見かけて、やっぱり正気じゃないんじゃなかってなるんだが。

 まだ生まれていないサトノダイヤモンドもこの世界には歓喜するに違いない。

 知っているゲーム機の後継機も順当に発売されているので、娯楽の幅が広がったと受け入れようじゃないか。

 

「ツナカせんせはまざーぐーす、調べてます、か?」

 

「あー、マザーグース……。いや、マザーグースじゃなくて。なんて言えばいいんだろ。スレンダーマンのやつ?」


「すれんだー、まん?」

 

 都市伝説ってなんていうだっけ。

 UFOとかで通じないだろうか。

 あ、ちょっと思い出した。

 そもそも英単語からの直訳だった気がする。


「都市伝説」

 

「とし、でんせちゅ」

 

「ふふ……。絶対ふざけたでしょ」

 

「えへ、胡散臭い外国人です。得意、です」

 

 二人で顔を合わせて笑う。

 おナツさんは表情が豊かで、ころころ笑うから可愛いよね。

 

「『Urban legend』、都会の伝説、都市伝説、ですね。うぃじゃ、ぼ-ど、あってます、か?」

 

「ウィジャ盤は確かに都市伝説だよね。日本だとこっくりさんって名前が有名かなぁ」

 

「せんせ、一緒にやります、か?」

 

 部活動でやるにはちょっと良くないと思っていたので、おナツさんの提案は有難い。

 すぐやるわけではないが、必要になったら頼んでみよう。

 ウィジャ盤を使うタイプも興味あるけど、流石に持ってないよな。

 学校のどこかを借りて本格的にこっくりさんをやるのも有りだろうか。

 

「そのうちやってみましょうね。……キリスト教徒だとウィジャ盤をとても嫌う人がいるって聞いてましたが、おナツさんは大丈夫なんですね」

 

「それくらい大丈夫です。このために日本、来てます。心配ありがとう。ツナカせんせは優しいから好きです、よ」

 

「それなら良かったです」

 

「せんせ、優しいからとても好き、です」

 

「ホント? それなら嬉しいです」

 

 二人でニコーっと笑う。

 少し離れた位置で、脳を破壊された顔をした他の先生たちの姿。

 そういえばここ職員室だったわ。

 

 

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