メリーさん1

 

 俺のガラケーがぶつぶつとノイズの混じった着信音を吐き出していた。

 映し出されていたナンバーは文字化けしていた。

 画面のバックライトが怪しく明滅を繰り返している。

 意を決して電話に出れば、ゾッとするほど綺麗な女の子の声だった。

 

『私、メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの』

 

「……間違い電話だよな。二度は言わない」

 

 俺はそう言って通話を切る。

 メリーさんからの電話など大いに結構。

 俺以外に頼む。

 ため息をついて電話を置こうとして、再びの鳴動。

 

『私、メリーさん。今……』

 

「15キロ先にいるんだな」

 

 メリーさんとやらの声、周囲の反響音、気配……。

 あらゆる要素から導き出した彼我との距離を告げると通話を切られてしまった。

 だが、俺の気持ちは収まらない。

 軽く上着を羽織り、外へ飛び出す。

 こんな時間に外に出ては母が怒るか泣くかもしれないが、俺にだって怒りはある。

 外は真っ暗だった。

 深夜3時を過ぎた時間に電話を掛けてくる愚者を糺すまで止まれる気がしなかった。

 

 意識して足に力を込め、解き放つ。

 塀を駆けあがり、電柱を蹴り、民家の屋根を走る。

 この時代には無い走法、パルクールだ。

 令和に生きる一般人は誰もが皆パルクールを修得していて、平成程度の低い建造物しかない街並みなら霊長類の誇りパタスモンキーと同等の速度を出せることなど常識だった。

 電話は鳴らないが、俺は走る。

 

「あと2キロだ」

 

 ガラケーに囁く。

 通話でも無いし、ナンバーが表示されているわけでもない。

 だが、俺にはわかる。

 相手はまだ電話の先にいる。

 繋がったままだ。

 いや、少し違う。

 俺が繋げたままにしているから逃れようがない。

 

「今ゴミ捨て場に着いた」

 

 繋がっていないはずの電話越しに、息を呑む音がした。

 俺は笑う。

 メリーさんが呼吸している等、とんだお笑い話じゃないか。

 深く息を吸い、丹田に力を込める。

 鋭く息を吐き、力強く踏み込めば、ずんという鈍く思い音が響く。

 日本の踏鳴ふみなり、または中国の震脚と呼ばれる技術だ。

 この踏み込みから連撃へと続けることができるが、今は攻撃を目的とはしていない。

 衝撃によって生まれる反響こそが重要だった。

 周囲の形状、建物の構造、生き物の配置、そして明らかな異物の存在。

 射程圏内だ、最早逃げることも抗うことも叶わない。

 この世界でもTさんのコピペが作られ、その元ネタが俺だという可笑しな事態が起きていた。

 面白いとは思うが、だからといって止めようとは思わない。

 皆がそう望むのなら俺はそう在ろう。

 

「破ぁ!!」

 

 全力で逃げ隠れする人形を殴りに行く。

 丑三つ時のこの時間、守ってくれる者は現れないだろう。

 電話を掛けて逃げるか。

 それもいいだろう。

 その隙に俺の拳が貴様を砕く。

 

「なにっ!?」

 

 だが、この世界は俺の予想を上回っていた。

 メリーさんを捉えたはずの拳は、コインロッカーを殴り、半壊させるだけに留まった。

 地面から生えてきて、守るように立ち塞がったのだ。

 某格闘ゲームのボーナスで車を破壊するかの如くコインロッカーを破壊した頃には、怪異の姿は何処にもなかった。

 もちろん、壊れたコインロッカーも夜の闇に溶けるように消えていた。

 まるで口裂け男に逃げられたあの時のように……。

 

 

 

 

 

 

 

「ってことが昨夜あってさ。昨夜っていうかもう今日の朝方みたいなもんなんだけど」

 

「ごめん、せんせー。ぜんっぜん、話が入ってこない」

 

 部室として占拠した空き教室で駄弁りながら、事の顛末を話す。

 この部室だが、かつては来客対応用の部屋だったが奥まった場所にあるので使われなくなっていた。

 校長や教頭をはじめ、他の先生方にもお願いし、有難く使わせてもらっている。

 この時代には珍しく冷暖房が付いていて、給湯器も使い放題だ。

 男で良かった。

 

「だからツナカっち、今日はずっとぽやぽやしてたん!? ウケんね!」

 

「せんせーがぽやぽやしてんのはいつもだろうが女ぁ! というかお前はなんでいるんだ!」

 

「静かにしなさーい。そして部員1号は部員2号と仲良くしなさーい。そして先生がさっき話した情報を元に、なんかいい感じの都市伝説を調べなさーい」

 

「部員だよー! 男ぉ! こらぁ! 男ぉ! へいへいへーい!」

 

「う、うぜええええ! 認めないからなぁ!」

 

 わーきゃーしているのに背を向けて、ソファで横になる。

 校長室にあった来客用のやつを貰って来た。

 だってここ来客用の部屋だし。

 

「せんせー! こんな所で横になってはしたないでしょうが! 女ぁ! ケータイで何する気だ! こらぁ!」

 

「あのね、写真をちょっと撮りたいなーって」

 

「マジでそれは引く。純粋に引く。それをやったら明日からお前は男子からいないものとして扱われる」

 

「え、えへへ、冗談だよぉ……」

 

 ハルくんの絶対零度に晒されて、死にかけているユキちゃん。

 この年頃の男子は潔癖気味の子もいるようだ。

 元の世界でいう所の、クラスのパッとしない男子のエロには冷たいが、レディース雑誌のエロやイケメンの下ネタは全て許容できる、みたいなものか。いや、全然違うか。

 

「俺は寝るよ。別に写真くらいいいけどね」

 

「ほらっ! ね!? 写真も……あの、やっぱり冗談ですぅ」

 

 ハルくんの視線、絶対零度どころか虚無だった。

 あれに勝てる女子はいないだろう。

 折角共学となって男子と接点を持てるのに、その全てを投げ捨てる覚悟とはどれほどのものなのか。

 俺には関係ないので、その様子をケラケラと笑っておやすみした。

 

 

 

 

 

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