メリーさん2
目覚めた時には完全に日は沈み、校舎内に人間の気配は無い。外へ繋がる扉のすべてが施錠されていた。怪異が跋扈する闇の世界を生き残り、現世へと期間する手段を見つける戦いがはじまった……。
なんてことは無く、普通に目を覚ましたら、部員の2人は静かに作業をしていた。
仲良くやってて良かった。ふふふ、と笑みを浮かべる。
まあ、ハルくんは窓際の机で、ユキちゃんは廊下側の扉の近くという対極の位置で作業しているんだけど。
ちょっと男子ー、いじめはやめなよー。
「おれはいしきがもどった!」
目覚めたことを2人に知らせ、進捗がどんな物か見せるように手招きする。
ハルくんは嫌そうにユキちゃんを見るし、ユキちゃんもめげずにウキウキだった。
男女七歳にして席を同じゅうせずって言葉もあるからな。
もしかするとナイーブな問題なのかもしれない。
めんどくさいから問題提起されたら気にしよう。
あとはハルくんが部活辞めるって言い出したらさよならだね、ハルくんが。
「おはよ、せんせー。オレは宿題やってた」
すげーっしょ! と誇らしげに見せてくる。
男子がちゃんと勉強やってるなんて偉いね!
だけど今は部活の時間でしょうが!
「わたしはねー、手芸!」
ダブルピースしながら編みぐるみを見せてくれる。
しゅげー! 手芸部のエースになれそうだね!
でも今は部活の時間でしょうが!
「こらっ! お前たちこらっ! 偉いぞ! でも先生がメリーさんに襲われるでしょうが! 撫でてやる!」
この馬鹿餓鬼どもが! 可愛いね♡
宿題やってるのも偉いし、編みぐるみやってるのも偉いよ。
時間を無駄にしてなくて全部偉い。
ちなみに宿題の内容は確認しないし、解答についても触れない。
お受験を除いて中学生までならまだ素人でもなんとかなるが、高校生の授業は専門職みたいなもんだから教えられる自信が無い。
先生として雇われているが、俺の専門は男子のケアだから保健体育極振りみたいなところがある。
そう考えると俺ってなんかエッチじゃないか。
「襲われるって言うけど、そのまま襲われたほうがいいんじゃないの。せんせーは撃退したけど逃がしただけなんでしょ」
「でもよぉ、深夜3時に起こされるのはきつい」
「えぇ……。きついだけ……?」
「きついだけ。それに今日明日だけならいいけどさ、毎晩やられたら流石の俺も隙を見せることになると思うんだよね。……まさかそれがメリーさんの狙いか?」
誰もが聞いたことのあるメジャー都市伝説だけある。
怪異としての攻撃だけでなく、戦略によるデバフを狙うとは。
俺も一層気を引き締めないといけないかもな。
「メリーさんもそんなズルいこと考えてないってわたしは思うけどー……」
「でも直接の被害者である俺がそうだって言ったらそうならないか? 俺、男だよ? 我男ぞ?」
「男による架空の訴え……! わたしが一番こわいやつ……!」
「オレが思うに、お前は現実的なことでそのうち訴えられる」
「えぇっ!? 嘘でしょ!?」
フランクで付き合いやすい女なのに!? とユキちゃんは驚きを隠せないようだった。
この世界の感覚でいう所の「距離感が上手く測れてないチャラついた軽いキャラ」って感じだろうか。
でも物静かだと途轍もなく顔が良くない限りは男と接点ができないからなぁ。
これくらい接近したほうが、いや、でも馴れ馴れしいとそれだけで男子に嫌われるっぽいからな。
「ユキちゃんは可愛いと思うけど、それじゃダメな感じ?」
目をキラキラさせて俺を見てくるユキちゃんを無視しながらハルくんに問う。
顔は整っているし、肌だって真っ白だ。
それにボリューム感たっぷりの長い黒髪と、高校生としては豊かな胸は男子高校生だっだら無視できないだろう。
「せんせー、本人がいる所で容姿の話は可哀そうだからやめてやれよな」
「え、そ、そう? ……なんかごめん?」
「まあ、でも胸の暑苦しさでマイナスなのわかりきってるから本人がいてもいなくても変わらないけど」
「あ、そういう感じ」
この様子だと、女性はスレンダーなほうがモテるのだろうか。
男子生徒間で「お兄様……」とかやってる連中もいるから、もしかすると男に近い方が……いや、この考えはやめよう。
ファッションとかモデルの雑誌を読んでこっちの常識を身に付けたほうがいいのだろうか。
でも面倒だし、こっちの常識を知ったからって染まれるかどうかはまた別の話だ。
そもそもそういう雑誌を読むの好きじゃないから、継続できなくて身に付かないに違いない。
「ツナカっち、心がつらいからこの話はここまでにしない? しよ?」
「そうしようか」
話を続けるなら俺が大きな胸も好きだと言う札を切らざるを得なかった。
ユキちゃんの懇願にも似た提案に乗っかることにしよう。
「まだ帰るには早いか。……メディア室に行って調べようか」
行って来るわー、と部室を出る。
2人とも付いてきた。
部室でさっきの続きをしてもよかったんだけど、一緒に付いてきてくれるらしい。
ハルくんは金髪の癖に委員長気質を見せてくるので脳がバグりそうになる。
「女子に対して隙だらけだからオレがいないと」とぷりぷりしているハルくんをテキトーにいなし、メディア室に入れば顔見知りとなった部活のメンバーがお出迎えしてくれた。
わぁ、と集まってくる。
危険性がない、自分の話を聞いてくれる、自分のほうが知識が勝っているなどでセンサーに引っかからなかった相手へのオタク特有の馴れ馴れしい距離感が成せる技だ。
が、一瞬でまた戻っていった。
みんなの視線がユキちゃんへと向いている。
困惑と僅かな恐怖が読み取れる。
なるほどね、理解した。
陰キャの防衛本能が働いているのだろう。
「うわっ、パソコンいっぱいじゃーん! 授業じゃないのに何してんの?」
「え、えっと、我々はパソコンというツールを使い、電子的に情報を集めておりまして、例えば知りたい物事であったり、最新情報を多角的に集めてですね」
「急に早口じゃーん! ウケる!」
「ヴォェっ」
まずい!
オタクが天敵に絡まれている!
すでに一撃喰らって謎の言語を吐いてしまった。
このままでは致命傷を負ってしまう。
万が一オタクに理解のある陽キャだった場合に限り、挽回できるがこの場はどう推移するのか。
目が離せない事態だ。
「あれ? 同じクラスじゃなかった? 大きな声で喋れんじゃーん!」
「ヒエッ」
理解ある陽キャにはならなそうだし、陰キャが心を開くことも無さそうだ。
現実は厳しいものがある。
手招きすることで部長の傷が浅い内にユキちゃんを回収する。
張り切ってフラッシュを見せてくれた子も、ユキちゃんという天敵を警戒しているのか動きを見せない。
というか、パソコン部に所属している全員が画面から顔を上げない。
長い前髪で顔を隠れている子もいて、ユキちゃんはそれに気づいたようだ。
これはあれだろうか。実は素顔は美人、という展開だろうか。今必要なイベントじゃないな、これ。
「ほら、ユキちゃん。遊んでないで調べて」
「はーい」
ユキちゃんの肩を掴み、座席へと誘導して座らせる。
解き放たれた猛獣みたいな動きだったが、やっと大人しくなってくれた。
ユキちゃんも授業で習ったからかパソコンの使い方は知っているようで、たどたどしくも操作を始めた。
やるじゃん、と褒めればユキちゃんは満更でも無さそうに照れた。
家にもパソコンがあり、ユキちゃんママに使い方を教わったこともあるとのこと。
そういえば今は一家に一台パソコンを設置しよう、みたいな時代だったような気がしないでもない。
ダイヤルアップ、ADSL……うっ、頭が……。
ハルくんは少し離れた席に座り、我関せずといった様子でパソコンを捜査していた。
女子の微妙な力関係なんて興味ないのだろう。
男子がいい加減な態度で接する女子だが、学校内のカーストで言えば最上位。そんな最上位にあしらわれる女子など視界にすら入ることは無い。
まさに弱肉強食の世界だ。
俺だけでも彼女たちに優しくしないとな……。
「あの、先生……。彼女は、その、えっと、どのような立場でしょうか」
部長が小さな声でたどたどしく聞いてきた。
あまり声が大きいとユキちゃんに補足されるから仕方ないよな。
陽キャの出現は、陰キャにスニーキングミッションを課す。
発見された陰キャは根掘り葉掘り聞かれ、羞恥とともに放り出されるからな。馬鹿にされたら笑われるし、されなくても結局忘れ去られる。
その場限りの付き合いなんだ、悲しいけど仕方が無いんだ。
「ユキちゃん? うちの部員だよ」
なるべく優しく伝える。
彼女たちは天敵に襲われたパタスモンキーみたいなものだ。パタスモンキーがいくら霊長類の誇りだと言えど、天敵に襲われたら速度差でただのお肉になってしまう。
つまり防御力が無いのだ。
「ヴェっ……」
俺の言葉を聞いて、オタク特有の引き笑いとショックを受けた奇声が合わさった汚い声を漏らした。
どうやって発音したんだとは問わないが、ちょっとだけ気になる。
「あの、その、我々の部室に、彼女も来るとか来ないとか……あんまり来ないとかどうでしょうか?」
「そりゃ調べものするんだからいっぱい来るんじゃない?」
「ヴェっ……」
放心する部長と、盗み聞きをしていたために悲鳴を漏らす部員たち。
その音で興味を持ったのか、立ち上がってこちらに笑顔を向けるユキちゃん。
うるせーなー、と呟くハルくん。
「パソコン、貰っちゃったなぁ。なんか悪いことしたね」
3人でガチャガチャとデスクトップパソコンを運びながら部室へと戻る。
予備のパソコンらしいので大丈夫だと言うが、実際はどうだかわからない。
あとで校長と、パソコン部の顧問に媚びを売っておこう。
「女がいっぱいいる所にいちいち行かなくなるから全然いいけど」
「えー? わたしはもうちょっと話が聞きたかったけどー」
「言っとくけどお前のせいだからな女ぁ!」
「男ぉ! 意味わかんないぞ男ぉ!」
わーきゃー言い争いが始まったがパソコンを落として壊さなければ何でもいいよ。
ハルくんが言った通り、このままだとユキちゃんがメディア室に気軽に出現すると知ったからこその予備機貸与である。
あと、自分に優しくしてくれる理解ある男教師が顧問をしている部活内に天敵を引き入れ、更に自分よりも仲が良くなっていたことを知って脳を破壊されたのも理由にあるだろうか。
オタクの他人への貞操観念の厳しさは、独裁国家の裏切り者への対応に匹敵する。知らんけど。
「宇宙人も未来人も超能力者も探してないのにパソコンが手に入るとは俺も予想してなかった」
「何の話?」
「ラノベ」
「ラノベ? ラノベってなに?」
ハルくんに、挿絵が可愛い小説だよと丁寧に教えてあげる。
「うわ、オタクじゃん……」という男子の冷たい反応と、「わたしも漫画読むよ!」と有名な少女漫画の名前を出す女子の反応。
俺の求めていた反応ではないのが悲しいところだ。
「その小説だとパソコン部の部長に男子の股間を揉ませて脅迫してパソコンをぶんどってた」
俺らは幸運だな、ははは、と笑う。
2人はドン引きして無言になってしまった。
確かにこっちにとってはとんでもない展開だったか。
いや、元の世界でもあれな展開だけど。
あまりに軽率だったな、もうちょっとだけ考えて行動しようと思った。でも面倒だからやっぱり好きにやりたい。
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