口裂け5
「今日の授業をはじめまーす」
「はーい」という幾人かの低い声。数えるほどしかいない男子生徒たちだが、あらかじめ性指導ではなくちょっとした自由研究だと伝えてあるので、わくわくした様子を見せている。
俺の仕事は開店休業状態だが、他の先生方にお願いして授業させてもらえることになった。媚びる練習も兼ねてお願いしようとしたのだが、上手くできなかった。自分ではわからないが、演技とかが下手なのかもしれない。
結局、男子生徒たちの保護者や外部に向けてアピールできる実績が欲しいという理由になってしまった。
俗な理由の方が俺っぽいので普通に受け入れられたのかもしれない。
「何をやるかと言うと、キミたちが住んでいる街についての調査です。かつて発電所が作られる予定だった場所がどんな感じなのかまとめてみようねー」
この街周辺で、発電施設の予定地となっていた住所を幾つか手に入れたので、それを元に生徒たちに詳細を調べてもらうことにした。
住所をどうやって手に入れたかと言えば、朝デートの約束をしたユキちゃんのママからだ。
条件として発電施設の予定地だった住所がわかった数だけデートしてあげるとノルマを課したのだが、すぐに母親に電話して情報を得る交渉を始めていた。
最初は渋られていたが、男とデートできる貴重なチャンスを後押しできるとわかるとできる限りバックアップを始めた。この世界は俺の予想よりもなんかアレなのかもしれない。
ユキちゃんはダブルピースしながら喜びをアピールしてきたが、貢献度からも働きからも、ユキちゃんママとデートするのが正しいのではないかと俺はちょっと思った。
「せんせー! オレ、インターネット使ってもいい?」
「どうやって調べる?」と顔を見合わせている男子生徒たちを尻目に、挙手したハルくんがそう言った。
「パソコン使えるぜ」とドヤ顔でアピールしている。
何故か「すげー」「かっけー」と謎の価値観と盛り上がりを見せられた。
根暗な男子や、普通の女子がパソコンを触ってたらオタクだって馬鹿にするのは間違いない。スタイリッシュに使いこなせたらカッコイイとかそういう感じだろうか。
家でデスクトップパソコンを長時間触って何かやってたらオタクだけど、カフェでコーヒー片手にノートパソコンを触ってたらお洒落みたいな。俺からしたら外でパソコン使う時点で頭がぶっ飛んでる印象しかないけど、ファッションとしてはカッコいい……カッコイイのか? わからん。
「とりあえずみんなでインターネット使ってみようか。他にも図書室で地図を見たり、先生や女子に聞いてみたり、思いつく限り色々とやってもらえると嬉しいよ」
メディア室にゆくぞー、と声をかける。
男子たちがわーきゃー言いながら駆けて行ってしまった。
この世界の男子高校生は雰囲気でツルむ女子のめんどくささと、体力がちょっとある男子の合体版みたいな物なんだな。
(若いと元気だなぁ)って感想を抱くと自身の加齢を意識してしまう。ここは(潰すぞガキどもが)と思った方が健康的な気がする。
室内飼いされてる軟弱ボーイに負けるわけないんだよなぁって全力で走って全員追い抜いてカーブで差を付けて校長に怒られた。
校長って普段は何してるんだろうな。
「せんせー……」
「ハルくん、どした。話聞こうか」
「昨日のやつで調べたらいい? やり方よくわかんねーけどさ」
「あー。今日は掲示板じゃなくていいよ。地理とか歴史について調べることに近いし」
小声で聞いてきたハルくんに、検索エンジンを使うことを教える。
ついでに他の子に向けても検索エンジンでの調べ方をダラダラと説明する。
情報か何かの授業とかで詳しくやるはずだし、ガラケーで似たようなことをやってる子もいるから教えあって欲しい。
掲示板を使ってもいいとは思うんだけど、ちょっと複雑だからな。
壺から飛ぶ『数字ちゃんねる』みたいな掲示板はカテゴリー分けされているので知りたい情報を教えてくれる場所を探さないといけない。『だあくわるーど』みたいな絵に描いたアングラ掲示板だと答えを聞くまでに一苦労みたいなところがある……閉鎖されてたわ。『はれぞう』は使いにくいし荒れやすい……閉鎖されてたわ。今見てみると興亡が激しい世界なんだな。
「気に入ったページがあれば印刷できるし、短い文章ならノートにメモを取るくらいでもいいよ。そんなに情報が無かったら次は図書室に行って調べてみましょう。見つからなくても焦らなくていいです。今日は調べたい物があった時にどんな風に調べればいいか知って欲しくてやってます」
見つからなくて焦っている男子の頭を撫でながら、他の子たちにも声をかける。
生徒の数が少ないと注意を払いやすくて助かる。
でもこの時代の共学で男子生徒が数えるほどしかいないのはヤバいと思います。
元女子高だからしょうがないらしいし、ちゃんとした共学ならこれよりももっといると聞いた。
男子校なら更にいるはず……男子校ってあるのか? 気になるから後で調べてみよう。
「次は図書室に行きまーす。残りたい人は残っていいよ。校長先生がいてくれるそうなので」
品のいいおば様といった雰囲気の校長がにこりと笑う。
あ、違う!
ちょっと湿度がある「もにょり」って感じの笑いだ!
男子生徒を連れて図書室へ移動する。
メディア室残る生徒がいないとわかると校長は寂しそうにしたが、結局もにょりと笑みを一瞬浮かべて付いてきた。
「図書室では静かに本を読むこと、本の探し方とかは司書の先生に教えて貰うこと。いいですねー」
「はぁい」と小さく返事したのを聞いて俺は満足気に頷き、図書室に絶対ある漫画を手に取る。
ラノベコーナーと迷ったが、今日は糞みたいな性格をした鳥が人間をいじめる漫画を読みたい気分だ。戦後の日本を描いた漫画を読んで勉強するのも有りだが、そういう気分じゃなかった。
「せんせー、漫画読んでんじゃん。オタッキーすぎ」
「オタッキー is 何。ハルくんと違って俺は大人なので由緒正しい図書室仕草ができちゃうわけよ」
「年増ってこと?」
「数少ない男子生徒の数を減らすことになるが校長先生も許してくれるよな」
「目がマジじゃん。こわ……」
ごめんね、と可愛く謝る男子高校生。てへぺろを幻視した。
この世界の人間だったら可愛いと思えて許せるのだろう、だが俺は許せなかった。
片手の中指を親指で抑え、力を溜める。いわゆるデコピンの構えを見せる。
「これに耐えたら許すよ」
「それくらいなら、まあ……。痛そうでヤダけど……」
「ちゃんと歯を食いしばらないと折れるから気をつけてな」
「ちょっとおかしくない?」
「スイカくらいなら砕けるから。額がスイカよりもずっと丈夫なことを祈りなさい」
「う、嘘でしょ……?」
「嘘と言えば嘘だよ」
俺の言葉にハルくんがホッとしたように息を吐いた。
嘘とは言ったが、威力を盛って脚色したという意味ではない。
逆に弱く伝えただけだ。
実際は栓抜きが無かったので瓶の飲み口を切断したことがある。
「はぇ……」
直に当てたらザクロのお造りを用意してしまうかもしれないのでわざと空振って空気を飛ばし、その額にぶつける。
金色の髪が、空気によって一気に逆立ち、子供のライオンに似た髪型となった。
見えない弾丸と化した暴風に見舞われたハルくんは、凪いだ空気の中で言葉にもならない間抜けな何かを口から呟いた。
膝から崩れ落ちて倒れそうになったハルくんを抱える。
やべぇ、威力が強すぎて頭を揺らしてしまった。
確かめてみるが、ちゃんと脈はあるし息もしている。
単に気絶しているようだった。
「あー、なんか調子が悪いみたいなんで保健室に連れて行きますね」
米俵みたいにハルくんを肩に担ぎ、校長に話かける。
ついでに生徒たちの様子を代わりに見ていてほしいと頼めば快諾してくれた。
「その、もっと優しく連れて行ってあげるとか……」と校長に言われたが、それは俺が嫌なので出来ないと返事しておいた。
この世界の女性は男性と比べてずっと筋肉があったりするらしい。校長に連れて行ってもらってもよかったのだが、この年齢の男子を任せるのはナイーブな問題に繋がりそうなのでやめておいた。
デコピンの空気で倒れるくらい軟弱だし、異性に抱えられたとあればショックで死んじゃうかもしれない。そんなわけないが、プライドが始皇帝でチョモランマなこともあるし、モンスターペアレント召喚とかもあるから慎重なくらいがちょうどいい。
空気ぶつけといて何だけど。
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