口裂け4

 

 昨日、学校のパソコンで口裂け男についてネットで軽く調べてみた。

 個々人の趣味に依存している部分も多い時代なので、情報量もそれほど豊富とは言えなかった。

 ただ、どの時代でも噂話や怪談、都市伝説は一定の人気があることも窺い知ることができた。

 都市伝説についてまとめた個人サイトも結構あったので読んだが、元々知っていることとあまり変わらなかった。

 この時代の記事は目に悪そうな色合いしていて、読んでて疲れた。

 背景は真っ黒、文字は真っ白、急にでかくなって真っ赤になる文字、唐突に揺れ動く画像……etc。大学生が初めて作ったパワーポイントか何かだろうか。

 

 個人サイトで集めた情報をまとめてみると

 ・夜または夕方に現れる

 ・口が裂けている男

 ・マスクで顔を隠している

 ・ナイフやハサミを所持

 ・足が速い

 という特徴を持っているらしい。

 

 個人サイトでは語り口やシチュエーションを少しだけ変えた同じ話ばかりが羅列されていて、俺が元から持っている口裂け女の知識とあまり違いが無い。

 これだけだと面白味が無かったので、ネットの掲示板でも聞き込みをしてみた。聞き込みをしたというか、質問してから返事が来るまで時間が掛ったので、その間に個人サイトを見て回ったのが正しいのだけど。

 質問したオカルト板のスレッドが過疎だったのか、この時代の掲示板は大体こうなのか、俺にはわからない。男って名乗ったら爆速だったけど。

 掲示板では個人サイトが扱っている話との差異を教えて貰えたのは収穫だったのかもしれない。

 

 掲示板で得られた差異がどのようなものかというと

 ・最初は口裂け女だった

 ・電気または電池が好きだったらしい

 ・発電施設の予定地または跡地で報告された

 というものだ。

 変化としては小さいが、そういうものだろうと納得もできる。

 子供たちが面白がって口々に噂話を広め、それに大人が乗っかって形作られたような物が大半だったりもする。

 結局のところは民間での伝言ゲームで、脚色して面白くしたがるやつらが間に挟まってしまう。それがノイズなのかはわからないが、最初と最後で変化した何かになってしまうのだろう。

 

「ツナカっち、おっはよー!」

 

「うわっ!」

 

「えっ? そんなにびっくりしちゃった? ごめんね?」

 

 ぼんやりと口裂け男について考えていたら、不意に女子生徒から挨拶されたので驚いてしまう。

 挨拶だけなら耐えられたかもしれないが、横から顔も覗き込んで来たので耐えきれなかった。

 俺が予想以上に驚いてしまったせいか、しょんぼりと落ち込んでしまったようだ。

 

「あ、いや、ちょっと考え事をしててね。謝らなくていいから」

 

 「そう?」と首を傾げた彼女は何が面白いのか、ニコニコと笑顔を浮かべながら並んで歩き始めた。

 

「ツナカっち! わたしってば偉くない?」

 

「ん?」

 

「早起きしてる! すごい! 褒めて!」

 

 ふわふわとしたボリュームのある長い黒髪を揺らしながら、女子生徒は両手のピースを見せつけて来た。

 早起きしてるから偉いらしいが、じゃあ同じ時間にいる俺はどうなんだって話だ。

 そういえば母に褒められ、他の先生に褒められ、女子生徒からは賞賛され、男子生徒から尊敬されたりするから、もしかして早起きとは本当に偉いことなのかと錯覚しそうになるが違う。この世界の男が朝起きるのを苦手としているだけだ。

 男は母親や姉、妹に優しく起こされ、遅刻しても何ら咎められず、なんなら目的地に着くだけでチヤホヤされてしまう。

 言ってしまうと、親に起こされていたが一人暮らしとなって朝起きられない大学生の強化版みたいなものだ。

 じゃあ女は偉いのかと言えば、この世界の価値観で言えば偉くない。当たり前のことだからだ。いや、通学や通勤のために朝早くから活動している姿は俺からすれば十分偉いが。

 

「うーん……」

 

「えっ? 困っちゃう感じ?」

 

「いや、偉いよ。偉いけど、凄いから褒めることでもないかなって」


 サボり気味の子が朝起きて通学できるようになったのを褒めたら、じゃあ普段からちゃんと真面目にしてる子はどれだけ褒めないといけないんだって話になりそう。そこまで繊細でも堅苦しく考えなくてもいいんだけど。

 

「じゃ、褒めてもらえないじゃーん! 頭もよくないしベンキョーできないし取柄ないじゃん!」

 

「そんなことないって。朝から元気で偉いよ。花丸あげちゃう」

 

「ホント!?」

 

「偉い偉い。他の子はもにょもにょしちゃうから」

 

「それはツナカっちが男だからしょーがない! 近寄りすぎて恥ずかしい!」

 

「えっ。……離れたほうがいい?」

 

「わたしはだいじょーぶ! いっぱい褒めていいよ!」

 

 ほらほら、とダブルピースしてくるので頷いて見せた。

 頷くけど別に褒めない。

 同じように通学している子たちもいるし、そっちに挨拶したほうがいいだろう。

 彼女たちは朝だからテンションが上がらずにもにょもにょしてると思ったが、実際は恥ずかしくてもじもじしていたようだ。

 こういうの、逆転している世界の醍醐味って感じだよな。

 

「どう!? デートしたくなった!? 魅力あるっしょ!?」

 

「無い」

 

「えー!? いいじゃん!」

 

「俺の好みはお金持ちなんだよ」

 

「じゃ、だいじょうぶ! うちのママ、いいとこで働いているからお金あるよ!」

 

「それだとキミんちのお母さんが条件に合ってることになるんだけどいいの?」

 

「いいって何が?」

 

「つまり、キミのママと俺がデートすることになる」

 

「なんで!?」

 

 「おかしくなーい!?」と驚きを見せてきたが、何もおかしくない。

 お金を稼いでるのは彼女の母親なのだから、お金に釣られてデートするなら相手は当然母親だろう。

 

「ツナカっち、もっと考えたほうがいいよ。お金よりも大事なものがあるからさ」

 

「そうかな。例えば何がある?」

 

「愛だよ!」

 

「俺は女性が持ってる資産を愛情ポイントに変換できる能力があるんだ」

 

「どういうことなの!?」

 

「お金を稼げるようになれ小娘」

 

 嫌そうに顔を歪める小娘。

 しょうがないんだ。

 俺が愛とか恋とかを重視してるってわかったら、変に希望を持った連中が集まって来るから。

 お金という俗っぽい理由を持つことで魅力を下げる効果を狙っている。実際、お金好きだし。

 

「というかツナカっちって呼び方、たまごのゲームっぽくてちょっとな」

 

「あー、あれね! 小学生くらいのときに流行ったよ! ママが貰ってきてくれたりしたし!」

 

「あれ最近の流行りじゃないんだ……」

 

 この時代でも流行り廃りはあるもので。

 たまごのゲームが平成を支配しているものだと思っていたが、俺の勘違いだったようだ。

 まあそうだよな。

 よく考えたらノストラダムスの大予言も忘れられつつあるし、タイマー問題も乗り越えているんだもんな。

 

「流行りといえばガングロメイクとかしないんだ」

 

 この時期に流行ったような、そうでもなかったような文化の一つがガングロだ。

 語源とかは知らない。

 顔とか体を日焼けサロンやクリームで真っ黒にして、髪の毛を脱色したり金髪に染めたりする。

 たまごのゲームから連想して思いついたことを聞いてみれば、キョトンとした顔を返される。

 

「ガングロ? 男子の間で流行ってるやつ? やって欲しいの?」

 

「あ、男子の流行りなのね。いや、聞いてみただけ。特に好きでも無いからやらなくていいよ」

 

「そう? 男子に混ざりたい子が真似してるのは知ってるけど。汚そうだからヤなんだよね。ツナカっちがデートしてくれるなら黒くなるけど!」

 

 そういえば汚れを隠すために流行った面を持つ文化だった気がした。

 家出して風呂に入らなかったり、服を洗濯しないので、白いままだと目立つ。

 それを見事に……見事か? まあ、カムフラージュしたのがガングロというわけだ。知らんけど。

 

「そのままでいて欲しいよ。制服を綺麗に着てる今が一番かわいいよ」

 

「そう? そうかな? ママもそう言ってくれるの、えへへ」

 

「髪の毛もきちんとセットしてるし、手も綺麗だし。完璧じゃないか。身に付けた小物にも品がある」

 

「ふふふ、そうでしょう! 全部ママのおかげです!」

 

 もにょり、と音が付きそうな笑みを浮かべて答えた。恥ずかしいのか誇らしいのかわからない表情だった。

 先ほどのデートの話では冗談だったが、段々と彼女の母親に会ってみたくなってきた。

 センスと清潔感があるのは明らかで、容姿だって娘を通して整っているだろうとわかる。

 年上の女性もいいよね。

 

「いいお母さんだね」

 

「でしょう!」

 

「そういえば勤め先はどちらなのかな」

 

「電力会社って言ってたよ」

 

 電力会社か。

 口裂け男について調べた際にわかったことが頭に浮かぶ。

 予定地とかわかったりしないだろうか。

 

「ユキちゃん、俺と今度デートしない?」

 

「!?!??!? ガングロになったほうがいいってコト!?」

 

「ならないでいいから」

 

 

 

 

 

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