口裂け6
「えー!? ツナカっちだけじゃなくてもう男子ももう1人いるの!? 逆ハーじゃんこんなん! わたし、ユキ! よろしくね! ケータイ持ってる!? アドレス交換しない!?」
ユキちゃんが驚きを隠せない様で、半ば叫ぶように声をあげた。
デートの約束と都市伝説の調査を一気に消化しようと思い、授業で調べた住所へと向かうのに彼女を帯同させることにした。
何か言われるかと思ったが、複数の男と出かけられるという事実は喜びに繋がるようだ。
「うっさ。近寄んないで。せんせーと2人で出かけるはずだったのに女子がいるとかサイアク……」
反してハルくんは嫌そうに顔を歪めていた。
予想だと女子を無視するか、嫌がって着いて来ないかのどちらかだと思っていたが外れてしまった。
女子と一緒に行動するのも嫌がっているが、俺と外に出かけたい気持ちも強いようだった。
気絶して保健室で寝ていたのだから、てっきりそのまま帰宅するだろうと考えていたのだが、俺が女子生徒と外に出かけるとわかると強引に付いてきた。
「せんせー、あいつ置いてこうよ」
ユキちゃんが一緒に写メを撮ろうとしたようだが、ハルくんが嫌がって俺の背に隠れてしまった。
諦めたのか、1人で田舎の風景を背に写メを撮っているユキちゃん。
距離の詰め方が嫌なのか、写メに拒否反応が出たのかわからないが、ハルくんがユキちゃんを置いていくべきだと主張した。
「なんか意外だな」
「意外? なんで?」
「ハルくんも写メでウェーイするのかと思ってた。ちょっとくらいは波長が合うかなって」
「そんなことないから。あの女はワックスで髪の毛いじってるしチャラチャラしてるし近寄って欲しくない」
ユキちゃんのゆるふわヘアーはこっちの男子から見るとチャラついてる髪型らしい。
元の世界だと男子高校生とか大学生のほとんどが伸ばした髪の毛をくねくねさせてる共通のアレな髪型なのかもしれない。
ハルくんも金髪だから同じカテゴリかと思ったのだが、ちょっと違うのだろうか。
こっちの常識を把握できていないのに、年頃の子供たちの価値観を理解しようとするのは傲慢なのではないだろうか。
やっぱりテキトーでいいんじゃないかな、面倒だし。
「そう邪見にしてやるなよ。ユキちゃんのおかげで調査が随分と捗ったんだから」
今は男子生徒たちに授業でまとめてもらった情報を参考に歩いているのだが、情報の大元がどこからきたのかと言えばユキちゃんである。
とはいえ、調べた場所は発電所を作るには妙な場所ばかりだった。
男子たちが間違えたのか、ユキちゃんママが誤魔化したのか。
とりあえず現場を見て回って対応しようかと内心で決める。
「どややーん」
「ちっ」
ダブルピースを見せつけられたハルくんが盛大に舌打ちをした。
「詳しく言うとユキちゃんママが教えてくれた発電施設予定地の住所のおかげ」
「役に立ってねえじゃん! 帰れ、女ぁ!」
「ひっどーい! ママに電話で頼んだのはわたしだからわたしのおかげじゃん!」
「電話しただけじゃねぇか! せんせー、どうしても同行者を増やすって話になるならこいつの代わりにこいつのお母さまを連れてきた方がいいって」
わーわーきゃーきゃーと騒いでいる二人の頭を乱暴に撫でながら相手する。
自分からしたら凄くどうでもいいことで若い子たちが口喧嘩してると、なんか若さをもらえる気持ちになるよね。
これが老い……?
この体はまだ20代だから若いはずなんだけど、気持ちが引っ張られるよね。
約束通り実況しているので、約束通りガラケーをポチポチして経過を報告する。
大した盛り上がりを見せるわけでもないが、男が実況しているとだけあって人の集まりは悪くない。
ネットの掲示板であと数年もすればV.I.Pクオリティとか言い出す連中が外に溢れかえったりするんだけど、まだその時期じゃない。
荒らしも少ないし、存外平和なものだ。
「そろそろ着くな……。そういえばどんな発電所を作る予定だったんだ?」
「どんな? 建物の大きさとか形ってこと? ママに聞く?」
「いや、発電方法とか。もしかして地熱?」
目的地まではもうすぐそこなのに、3人であぜ道を歩き続けている。
周囲は田んぼと、そこに流れる用水路があるだけだった。
こんな場所にどんな発電所を作るというのだろうか。
俺の疑問に、2人は首を傾げただけだった。
「せんせー、地熱って何?」
「
「うるさいぞ、女ぁ!」
「とりあえずそうやって叫べばいいと思ってるっしょ! 男ぉ! こらぁ! 雑だぞ!」
「こらぁ、女ぁ!」
再びわーきゃーし始める2人を止めて質問する。
少しだけドキドキしてきた。
言葉にできない緊張感すら感じる。
「……なあ、地絡発電ってどうやってるんだ」
「え、何。抜き打ちテスト? オレもあんまり知らないけど、地脈の力を使ってる発電だったっけ」
「こらぁ! 男ぉ! 半端な知識をひけらかすなぁ! ママが聞いたら怒るよ!」
「怒られる前に面識がねぇよ」
「地絡発電は地脈に流れる力を使ってタービンを回すんだよ」とユキちゃんが自慢げに話す。
土地によってはタービンすら必要がない場所もあるらしい。
地熱発電について聞いてみたが、2人とも聞いたことすらないようだった。
それだけじゃない。
他の発電方法も知らないようだ。
2人を観察したが、嘘を付いているようには見えなかった。
「地面を深く掘ったら裏に落ちちゃうじゃん。ツナカっちも危ないことを考えるんだね」
ユキちゃんの言葉が正しいのならば、俺は、たぶん、重要な違いに気付いていなかった。
表面的なことだけを調べ、納得して満足していた。
もっと根本的なことを知るべきだったのではないだろうか。
学校の教科書とか、もっと基礎的な物を読むべきだったのかもしれない。
歩きながら話していたせいか、気づけば目的の住所に着いていた。
田んぼのど真ん中、何の変哲もない場所。
「……ユキちゃん、裏って、何?」
「裏って裏でしょ。こっちの裏側」
ユキちゃんが周囲を指差して、そして地面を指差す。
そして「ずっとずっと深いらしいよね」と付け足した。
ハルくんにも話を聞いてみようかと思い、周囲に目を向ける。
俺とユキちゃんが会話しているので手持ち無沙汰になってしまったのか、少し離れた位置でしゃがんで用水路を眺めているようだった。
ハルくんは物珍しそうに集中しているので、邪魔しないように後で聞くことにする。
「……裏に名前ってあるのかな」
「えー? 裏は裏でしょ?」
「……こっち側に名前はある? ほら、例えば地球みたいな呼び方。惑星の名前でもいいから」
「どういうこと? わくせー? ちきゅー?」
よくわかんなーい、とユキちゃんは両手を挙げた。
「ちょっと聞いてみる」と電話をかけはじめた。
止めたほうがいいのか、続けさせたほうがいいのか。
俺は判断がつかなくなっていた。
ふと、ハルくんの方へ視線を向ける。
先ほどいなかったはずの誰かが、ハルくんの傍に立っていた。
黒いハンチング帽、黒いトレンチコート、黒いブーツ、そして何よりも目立つのが、顔の大半を覆って隠す巨大な黒いマスク。
「ツナカっち、こっち側は『アクァッホ』って名前なんだってさ!」
ユキちゃんの言葉を背中で受けながら走り出す。
アクァッホって何だよ。
裏って何だよ。
意味わからん。
今わかるのは、口裂け男が現れたってことだけだ。
「ねぇ、私ってカッコいい?」
「は? 知らねぇ」
「これでも?」
「っ!」
田んぼに大きなマスクが投げ捨てられた。
間近でそれを見たハルくんはあまりの驚きに声も出せないようだった。
口が耳元まで裂けた何かの姿を。性別はわからない。というよりも、顔がわからない。
顔があるはずの場所に、幾人もの顔を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような何かが貼り付いていた。
電子的なモザイクのようで、同時に生肉のミンチのようでもあった。
ちんちんがあればこんなのでも良いのだろうか、俺はこの世界の女性が心配になった。
「お前も! お前も! お前も! 同じ顔にしてやる!」
どす黒い血が滴る包丁が振り下ろされる。
それを俺は中指と人差し指で受け止めた。
相手が刀を使っていたなら両手で白羽取りをして腕力でへし折るのだが、流石に包丁だと受け止めるので精一杯だ。
「ハルくん、『アクァッホ』ってわかる?」
「え、いや、それより包丁……。いや、というかその化け物が、え?」
「こんなん殴っとけば倒せるから。それより『アクァッホ』って知ってる?」
右手で包丁を受け止めたまま、左手で殴り続ける。
空いた手にハサミを持ってたけど握った拳で叩き割った。
じゃんけんでもグーのほうが強いと言っているし、実際その通りだ。
ダメージが膝にきたようで、口裂け男が崩れ落ちる。
勝利条件とかよくわからないので攻撃を続ける。
生きてるんだか死んでるんだかわからない状態にしてみる。
「こ、こっち側が『アクァッホ』だって聞いたことが……せんせー?」
「ったく、手古摺らせやがって」
倒れて痙攣している口裂け男を見下ろす。
都市伝説だと口裂け女って不細工って言うとキレるんだよな、確か。
この状態で「俺のほうがイケメン」「お前ブサイク」って言ったらもう一回遊べたりしないだろうか。
いや、やめておこう。
情操教育に悪すぎるし、俺の清楚かつ優しいイメージも損なわれてしまう。
常にみられていることを意識しないとな。
「せんせー、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。先生は
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