第23話 摩天楼

 大声での宣言ではあったものの、それはすぐに摩天楼が作り出した光によって一層強調された夜の闇の中に消えた。その瞬間、メカニックブラックの足先がブラックライダーの頬に当たった。すかさずブラックライダーは反撃をする。拳が相手の頬に当たる。互いに口内を損傷し、勢い良く血液を吹き出した。吹き出された血液にはエーテルを込めてあり、これにより吹き出されて四方八方に散らばる血液たちは、ある一定の密度となった針となり、それは互いのさらなる損傷の元となった。


「なぁ、仮想空間でも五分五分なんじゃないか?試合になってないぞ」ラーズが言った。


 ロメンゾは、「誰が五分五分にすると言った?いいか、この試合に必要なのはエンターテインメント性だ。打ち消し合う能力のせいでチマチマとした試合をする必要はない!」


 メカニックブラックは駆け出し飛び膝蹴りをブラックライダーの溝落に勢い良く浴びせた。ブラックライダーは吹っ飛び、摩天楼の一部品であるビルの壁に激突し、壁を砕き、中に入った所でようやく地面に打ち付けられ、加速は止んだ。


 シュタリと綺麗な音を立てメカニックブラックもそこへと来た。そこは巨大なショピングモールを構成する夥しい程の数の店の中の一つであった。ブティックだった。大理石で造られた黒いタイルと天井から吊るされた不規則な間接照明によって、不思議な高級感がその店にはあり、煌々と照らされている店内に一種の緊張感を与えていた。


 ブラックライダーは打ち付けられた衝撃で砕けたタイルから立ち上がると、メカニックブラックの方へと、ゆっくりと、歩を進めた。それがこの空間に蔓延る緊張感をより一層強めた。


 ラーズはカークづてに聞いた、イサカとやらの得意魔法である透明の刃を出そうとした。右手で周囲のエーテルを手繰り寄せ、物体を切り裂く様をイメージし、魔法を形作る。しかし、いざロメンゾに食らわせようとした際にミスをしてしまった。刃は透明になりきっていなかったのだ。このせいで本来なら、あの忌まわしき金属質の黒い悪魔の胴体を、上下にスパッと切断していたはずの刃は、すんでのところで見切られ、左脇腹を切り裂くだけになってしまった。


「クッソ、やっぱり聞いただけじゃ駄目だったな……」


 だがこれでも、刃の威力というのはある程度はあったのか、切り裂かれた肉の中からは、鮮血と共にハラワタがまろび出ていた。メカニックブラックは近くにあった白いレースの服を手に取ると、なれない手つきで患部に巻き始めた。服の袖をきつく閉めた頃には、レースは紅く染まっていた。ラーズはそれを見て、黒なのに血は赤いんだなと無駄口を叩きそうになったが、相手をむやみに刺激してはならないと思い口を噤んだ。


 そうして周囲に目を配ると、場所はすっかり変わりペットショップだった。そのペットショップには犬や猫、小動物だけではなく、鳥や両生類、爬虫類、そして魚までもがいた。そしてその全てが、ラーズをギロリと睨んでいたように思えた。


「行け」


 ロメンゾがそう言った瞬間、動物どもを閉じ込めていた檻の鍵が開き、犬だの猫だのが一斉に、歯をむき出しにしながら、瞳の奥に殺意を宿して走ってきた。獣どもはブラックライダーの肉に次から次へと牙を突き刺した。当然血が流れる。そうしてブラックライダーがすっかり血だるまになったかと思い、ロメンゾは意気揚々と近づく。しかし、何かがおかしいことに気づいた。

 


 ロメンゾはそっと後ずさりをした。獣どもに襲われ、今やただの肉片となったはずの者に対し、強烈なまでの戦慄と畏怖を感じたからだ。嫌な汗が額を流れる。彼は明らかに気が動転し、神経が乱れていた。そうしていたのでロメンゾには隙ができ――後から述べる形にはなるが、それを相手に利用され――たのだ。


 瞬間、獣どもが弾ける。


 バラバラになった獣どもから漂う血なまぐささと、獣特有のあの野生を身に宿したかのような、野生から離れすぎた人類には到底出しえないような臭いとが混ざり合い、その空間内に淀みを作りだしていた。それはと相対する者に混乱を起こさせるには十分な、いや、十分過ぎるほどの材料であった。


 獣臭い血液をまといながら黒い悪魔がジリジリとロメンゾの方へ向かう。右手でエーテルの円形の刃を作りながら。


「分かりやすいな、あまりにも分かりやすすぎる……」


 どうせあの刃はデコイだろうと、あえて正面からブラックライダーと戦うことにした。案の定、円形の刃をこちらに放ち、気を取られているほんの僅かな間に、左手にあったエーテルの小刀が迫っていた。


「だから分かりやすいんだろうが!お前はァ!」


 手刀でブラックライダーの左手を切り裂き、空いた腕でその悪魔の腹に向けエーテルの弾を撃った。悪魔の腹には風穴が空き、内臓が漏れ出ていた。


「無様だな、さっきまでの俺とはすっかり逆だ」


 そう言いメカニックブラックは、ラーズの身体を上下に裁断した。悲鳴の類は聞こえなかった。


 これで終わりか、教会から目をつけられていた割には随分とあっけなかったが、まぁいい。仕事は楽なことに越したことはない。


 ロメンゾはふと奇妙な感触を感じた。足だ。この感触は足からする。そう思い左足に目をやると、そこには黒い手があった。自身の左足をぐっと握る、黒い手。そしてロメンゾは違和感を感じた。幸いにも、その正体はすぐに分かった。さっき身体を裁断したあの。そいつの上半身がない。


 直後、凄まじいまでの飢餓感がロメンゾを襲った。






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