第20話 飢餓vs平和

「ギっ……!」


 耐えようの無い飢餓に襲われたメカニックレッドは、飢餓により活力を奪われたために生じた声にならない声、いや、もはや声ですらないただの鳴き声、をその喉からまるで助けを求める仔犬かのように、命乞いをするかのように出したが、その裏に彼が持っていたのは反省の心といったおおよそ高等なものでは無く、その声ですらも利用することで相手を油断させ少しでも有利な状況になるよう戦局を持っていこうとすると言う低俗な心持ちであった。


 しかし当の飢餓を齎した張本人であるブラックライダーことラーズは、そんなメカニックレッドなど目にもくれず――あるいは感知すらもしていなかったのかも知れないが――、メカニックレッドに成るにあたってキコが放り出し放ったらかしにされていた本体に自身の手を触れさせ、そしてキコの体の右腕をガッシリと掴んでいた。


 ブラックライダーの能力は、触った対象に飢餓感を齎すと言うものである。傍から見るには強い能力のようにも思えるが、その実態はとある重大な欠陥を抱えた能力であった。


 それは相手にに能力が発動すると言う事だ。だがこう書いた場合にはまるで欠点ではないかのように見受けられる能力の設計であるが、この言い方は真では無い。いや、真では無いと言うよりも、一面でしかないと言った方が適切である。


 結局物は言いようなのだ。表から見た時にポジティブな意味をなす言葉でも、視点を変えてみればネガティブな意味と化す事などごまんとある。

 そしてそれはラーズの悪魔、ブラックライダーの能力も例外ではなかった。


 ブラックライダーの能力の欠陥、それは能力が発動すると言うものだった。


 その逆、数学的に言うなら裏、を述べるとするならば、相手に触れなければ能力は発動しないと言う事だった。


 これがブラックライダーの弱点だった。


 そしてフォーホースマンに属する悪魔達の弱点もまた同様であった。


 しかし今は違った。ブラックライダーはキコの腕に触れた。なので能力は発動した。発動こそしたものの、それは相手にとって反撃に十分である時間を与えてしまう事になった。


 そしてそれはそうなった。


 ブラックライダーの体が寝台列車となっている車両と一般客の乗っている車両との連結部分を仕切るドアを突き破り、一般客の乗る車両にその背中を打ち付けたのだった。


 ブラックライダー、ラーズはその突然の出来事に酷く混乱した。そして感知した。


 右半身の痛み。


 恐る恐るその痛みの根源、原因に目をやると、その視界には肩から先がスッパリと無くなった右腕――もはや右腕のと呼んだ方が適切ではあるが――と、皮膚や肉などがズタズタに引き裂かれ少しばかり内蔵をまろび出した右脇腹があり、それらはブラックライダーが突き飛ばされた通路に血の足跡を付けていた。


 そしてラーズがそれを知覚した時、他の乗客もそれを知覚した。


 車内に響き渡る叫び声、泣き声、喚き声、嗚咽。


 冷静だった客も数人いるものの、やはり多勢はその状況に対し強い拒否反応とストレスを感じたのか発狂した。それが車内を支配しその場に混乱と混沌をもたらしていた。


 それから数秒後。


 それは止まった。


 代わりにその車両の窓にべっとりとした血液と少しばかりの肉片とで出来た邪悪なカーテンが引かれた。


 ゴトリゴトリと音を立て列車は進む。カーテンの隙間から差す夕日をほんのりと車内に取り入れながら。


「何のつもりだ……お前には関係ないはずだろう」


「『関係ない』だと?いいや、大いに関係がある。教皇を殺した時に私はお前らは頭がおかしいと思ったが間違いだったらしいな、元々おかしかった」


 キコがしばしの沈黙を作り、その後に続けて言葉を発した。


「失礼失礼、話が脱線した。それで元の話のテーマはなんだったっけ、そうだ、『なんで私が客を殺したのか』だったな。思い出した。答えは簡単だ。俺は煩い声が嫌いなんだ」


「ふざけてんのかテメッ…」


「ホラホラそういうの……ハァ、ホントストレス溜まるなぁ……ふざけてなんか無いさ、これでも医者かられっきとした診断を貰ったんだ、『感覚過敏』とね」


「ヤロウ…ビョーキなのはそのトチ狂った脳味噌の方じゃないのか?」


 ブラックライダーがメカニックレッドに向け前傾姿勢になり、その瞬間動きが止められる。


「落ち着いて話聞きなって…今の時代そう言う発言は危ないんだ、インターネットの正義マン達が黙っちゃいない…ぶっちゃけお前もネットでどう言われるか分からんぞ」


「そっか、今動けないのか。ならヤっちまおう」

―――――――――――――――――――――

 ゴトリゴトリと音を立て進む列車、その寝台列車と化した車両の床でラーズは目覚めた。


 自らの肉体で。しかし体は動かなかった。視線の前にはキコがいた。彼の左腕の傍には彼がその母親を惨殺したおおよそ10歳程の少年、ローズがいた。


「これで全員目覚めたね。じゃあ、この子を私の戦力とするべく、『種』を飲ませようか」


 ジェイムズ、カーク、ラーズ。その全員が『種』と言う言葉を聞いた時、その身体を、精神こころを、震わせた。


 その言葉は三人にとって、いや、全てのにとって、意味を持つ言葉であったから。








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