第19話 飢餓を司る黒

「気づかれたからには…仕方ないよな…」


 キコ――メカニックレッド――が両手を合わせ、それを前に突き出した。そして。


「鋼糸銃弾!!」


 メカニックレッドの両手の隙間から直線を描く様に糸が飛び出し、ブラックライダーの左肩を抉り腕を吹き飛ばした。それと共に鋭い痛みがブラックライダーの欠けた左腕を襲い、そこから吹き出す鮮血がラーズに段々と増す痛みを視覚的にも実感させた。


 だがラーズと言う男はそこで終わる人間では勿論無かった。痛む左肩から出来うる限り意識を逸らし、メカニックレッドのその本体であるキコの魂が抜け、空となったその体へと向け歩もうとしていた。


 その時、紅色の悪魔により裁断された女が出てきた部屋からひょっこりと様子を伺う様に、歳は10歳前後と見られる、狐色のセーターと深い青のジーンズに身を包みスニーカーを履いた少年――恐らくあの女の息子――が姿を現し、己の母親の変わり果てた姿を目にし、涙を浮かべ、そして発狂した。


「おっ……おかあさん!!おかあさァァアアンん!!」


 呆れた声で悪態をつく様にキコが言う。


「ハァーァ……鳴くなよクソガキ。あんまりうるさいと捌くぞ」


「ヒッ……」


「いいか、助かりたかったらそのまま大人しく、静かに、部屋に戻るんだ、いいな?決して鳴き声なんか立てるんじゃあない……。もしお前が鳴いた場合、お前の生殺与奪はこの私に委ねられるのだからな……。さぁ、部屋へお戻り……」


 キコの言葉にすっかりと萎縮した少年――名はローズと言った――がふらふらとした足取りで部屋へと戻ろうとした時、バンと音を立て扉が開き男が現れ


「オイッテメーらそこで何やってんだよ!特にそこのガキ!何泣きじゃくってんだてめ……」


 との怒号を立てながら視線をローズの下へと向けると、切り裂かれた女の死体がそこにあった。そうしてそれを見ている内に、彼はふと自分の身体に違和感を感じた。それは形容するなら地に足が付いていない感覚であった。そうしてそれは、男の転倒と共に現実と化す。男の両足の膝から先が鋸で切った様にバッサリと切断されており、赤黒い血液をその断面から心臓の動きに合わせドクリドクリと漏らしていた。


「止血はしてやる、だからそこで動くな」


 そうしてその男の動きは、漏れ出す血液も含め全てが停止した。


「さて、これとあのガキは人質だ。俺を殺せば奴は出血多量で死ぬ。だがあの男を助ける為に俺を殺さなかったらガキを殺す。ついでに動けないお前の仲間も殺す。……そうだった、お前の仲間を殺すのは確定だった。……間違えた。

 まぁ、どの道お前はロバートの二の舞を産むだけさ。大人しく降伏する、とかならここにいる全員を殺さずに済むけど、お前はそんな事しないだろうからな。

 さぁ、選べ!これからの全てがお前の『選択』だ!これからの全てがッ!お前が招いた『結果』なのだァーッ!!」


 黒の悪魔が返答する。


「ならば……一つ選んだぜ…」


「殺されるのは……」


「お前だ、って事をよ……!」


 その瞬間、ブラックライダーがローズに向かって走り出した。


「クソが!奴め俺の能力のタネを理解しやがった!だから動けている!」


「だが無駄だ!」


 紅の悪魔が網目状に物体を切り裂く、正しく悪魔の斬撃と呼称するに相応しい魔法を打つべく、エーテルを腕の先に集中させたその時。


 その身体に逃れようの無い飢餓感が襲いかかった。











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