第13話 半魚人パニック!①

 現代において、純粋な闇を体感する機会はほぼない。

 夜に外出したとしても広がるのは建物が光を作り出す虚構の闇。

 目を閉じたとしても、闇の中に微かに光が見える。

 そもそも何も光がなくとも、人の目は夜の闇にいずれ慣れる。

 なので人が純粋な闇を体感する機会はほぼない。


 なのだが。


 ジェイムズの周りにあったのは、紛れも無くであり、それがどこまでも、どこまでもと続いていた。


(なんだここは……闇だ……果てしない闇だ……。あのルービックキューブのせいでこうなった、とするなら、アレは遺物で確定だな。ともかくここから出て、現実に戻る方法を探さねば……)


 そう思い立った瞬間、ジェイムズは背後から鳴るズぞ、と何かが這い出る音を耳にした。そして振り返ると、それはいた。


 それは一言で形容するなら半魚人であった。

 ギラギラした黒ずんだ緑色の鱗が嫌という程目に焼き付き、鱗の隙間からは黒い油のような液体が盛れ出していた。恐らく膿である。

 こちらを睨みつける淀んだ黄色の目の瞳孔は猫のように細長く、背中や頭頂部などの身体の至る所にあるヒレは腐れており、口の中にある針のような歯は糸を引き、半魚人はその場に凄まじい悪臭を漂わせていた。


 その半魚人が陸に上がるようにどろどろとした闇から身体を現しフォームのなってない人間離れした泳ぎ方で、しかし人以上のスピードを出しながらジェイムズへと向かって行った。


「そこは腐っても魚類の端くれってか……!」

「ペイル・ライダー!」


 海のような闇から勢いよく飛翔しジェイムズに飛び付いてきた半魚人の喉元に、青白い人型の悪魔の拳が鰯をいたぶる鮫の様に喰らいついた。


 その時、ジェイムズは自分の体に強い違和感を感じた。肉体から魂が抜け悪魔の肉体が作られる時の、魂が抜ける浮遊感と肉体が作られることにより段々と体に重みが加わって行く感覚が、のだった。


 その違和感の正体を確かめるべく半魚人を殴った拳を見た。

 その拳は見るからにペイル・ライダーのものではあるものの、それを動かしている者、即ちジェイムズは、元の肉体のままだった。


(なっ…何が起きてんだァーッこれはッ!)

(まぁいい!とりあえずこいつには『死』を与えるだけだッ!)


「イオッ、インビルゲブラダディ!サップレアイロサヌヤ!」


 辞世の句とでも言わんばかりに気味の悪い発音による言葉の羅列を喉から出し終えた半魚人は、電池を抜いた玩具の様に膝から崩れ落ちた。その後、闇の海の底に丁重に埋葬されるかの様に沈んでいった。


 ジェイムズはまだ知らない。半魚人が発した言葉の意味を。

 ―――――――――――――――――――――場は変わり、そこには群れを作り出した半魚人の追跡から逃れる為に疾走するカークがいた。


「ちっくしょう!なんなんだアイツら!見た目がキモイわ臭いわ中々死なないわ仲間は呼ぶわ!

 特に俺がキレたいのは『仲間を呼ぶ』だ!なんなんだよアレ!ゲームでしかされた事ないぞあんな嫌がらせ!あァもうキレてても拉致が開かねぇ!こうなったら使うか!」


「使い勝手いいから好きなんだよな…イサカには感謝だぜ!喰らえッ!透明刃クリア・ブレード!」


 不可視のエーテルの牙の群れは、次々と半魚人の体に噛みつき仕留めていった。


 そのうちに追い込まれていく半魚人の群れの一体が仲間を呼ぶ為の言葉を発した。


「イオッ、インビルゲブラダディ!サップレアイロサヌヤ!」


 闇に沈む半魚人と入れ替わるように、闇からまた新たな半魚人が姿を表す。


「あーもうまただまた!倒したと思ったら仲間を呼ぶんだ!そして仲間が来るんだ!チクショーこんなのジェイムズかラーズしかどうにか出来ねぇよォーッ!」


「だったら…早くアイツらと合流しないとな…」














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