第12話 モスクワにて②

 20時47分


 空は夜であるのと、元々曇っていたのとで黒ずむ時間帯。

 雪が少しづつ降り積もり、建物の間を吹き抜ける隙間風が少しきつくなった時間帯。

 まさに隙間風が吹き抜ける建物の間にいるのは、そこに立つ2人の男、1人の男の死体、そして互いにを出し交戦する男が2人。


「ありゃあどうなってんだ?まるで何も効いてないように見えるぞ」

 立っていた男の1人、カークがもう1人の男、ラーズに問いかける。

「中和だ。互いの能力の中和。ジェイムズの『死』の能力と、デイブの『生』の能力、それらが酸性とアルカリ性の物体がぶつかった様に、中和している……」

「逆に分かりにくいな…お前例え話下手だろ」

「なぁんでこの状況でギャグできんの…?」

 ラーズの目線は1人の男の死体、ロバートに向けられていた。

「冗談はここまでだぜラーズ……とりあえず2人を見よう。必要次第じゃ俺らが動く。いいな?」

「OK」

 2人の視線は、掴みあっている悪魔に集まった。

 その悪魔はと言うと。

「どうしてだッ!どうしてだゲイブッ!どうしてロバートを殺した!答えろッ!」

 そう言った悪魔のペイル・ライダーことジェイムズの右腕が、相手であるデイブの悪魔、メカニック・ペイルのみぞおちに向けて繰り出され、命中。

 続けて左腕を繰り出す。命中。

 左右の腕が猛スピードでデイブのみぞおちに当たり続ける。

 連打。連打。連打。連打。連打。連打。連打。

 いつまで経っても止まない拳に、いくらエーテルで作られた精神の鏡像体である悪魔の体も、少しづつ悲鳴を上げる。みぞおちが拳で凹む度に、デイブの悪魔は吐血する。

 しかし。

 急にメカニック・ペイルの肉体が塵となって崩れ始め、それと同時にデイブが意識を取り戻し、悪魔を作り出す。

「どうして殺したか、だってぇ!?んなの教会の指示に決まってるだろうが!こっちは隠居生活エンジョイしてたら、お前らが教皇を殺したせいでまたこの生活だ!オマケに俺の後釜は信じられない程弱いッ!もう散々だ、ロバートの死体を取って帰るッ!」

「させるかぁッ!……イサカ、お前の技パクるぜ!」

 カークがそう叫ぶと、透明の刃がメカニック・ペイルに向けて放たれ、突き刺さる。

 だがデイブの方が、1枚上手であった。突き刺された時に触れた、雪が振り積もった地面。そこに『生』のエネルギーを流し込んだ事により、地面に埋まっていた植物が急成長し、3人を締め付ける。

 自身の体とを抱えたデイブに、ジェイムズが問う。


で……一体何するつもりだ……」


 沈黙が数秒続いた後に、はぁと白い息と共に答えが吐き出された。


「お前らのその悪魔の力、それは俺がやったように、他人に譲渡する事が出来るんだ……教会にそういう能力の奴がいてな。そいつにロバートの死体を届ける。それだけだ。」


「待てよ…じゃあ俺らが受けた人体実験って…」


「……悪魔は使用者の精神の影響を受ける。それは知ってるな?お前らの肉体と精神が、元々の悪魔に適応出来るか。あれはそれを図る為の物だったんだ。俺も隠居生活中にこれを知ってなぁ、ビックリしたもんだ……」


 そう言うとデイブの姿は、吹雪の中へと進み、やがて消えていった。

 ―――――――――――――――――――――

「どうする、お前ら?」


 場所はジェイムズ一行が宿泊している宿の食堂、そこで長い間テーブルに置かれた事ですっかり冷めきったボルシチを食べながらジェイムズが呟いた。


「どうする、って言われても……」


「そうやって『逃げる』のかよ。お前らは」


 カークがそっと吐息ごと漏らした言葉により、その場にピンと糸のように緊張が張られる。


「俺は……俺はイサカと戦ってる時に言われたんだ。どうして教皇を殺すまでの事をしたのに、それから『逃げた』のかって……何故、『革命』なりなんなりをしなかったのかって……。

 今考えりゃあイサカの言うことは正論だ……俺たちには力があった……少なくとも、この世界のあり方を根っこから変えるだけのな……

 なのに俺たちは『恐れた』んだ!だから『逃げた』んだ!だからロバートが『死んだ』んだ!

 ……イサカが言うにはもう、奴の弟が新しい教皇になった……無駄だったんだよ。全部……」


 カークが嗚咽を漏らしながら大の男に似つかわしくない大粒の涙を流していた時だった。


 コツリ、コツリ、と、照明の消えた薄暗い食堂までの通りを歩く革靴の音が聞こえた。

 食堂に着き一行の前に姿を現したその主は、首からルービックキューブの様な見た目のをぶら下げた12歳程の北欧人の子供であった。

 子供が自身の遺物を大事そうに抱えながら言う。


「これはね……パパが僕の10歳の誕生日に買ってくれた物なんだ。僕を産んですぐ死んじゃったママの分まで愛情を注いでくれた、いいパパだったんだ。そしてね、これを僕にあげてね――――

 ――ナイフで自分の首を切って死んだんだ――」


 その瞬間、ルービックキューブ状の遺物の隙間から真っ黒な液体が漏れだし、次第に量を増やしながら地面に波紋を描いていった。

 それはやがてジェイムズ一行を覆う壁となり、そうして一行は真っ暗闇に








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