第7話 薬の秘密
それにしても、今回の事件は二人の女性が犠牲者で、お互いに顔見知りであった。一人は毒殺されかけて、もう一人は首を絞められての殺害だった。まず考えることとしては、この事件の犯人が同一犯であるかということである。
かたや、殺人未遂なので、連続殺人とまではいかないが、未遂でなければ、連続殺人ということになるのだろう。
一つ気になるのは、
「この二つを連続殺人だと考えるなら、どうして手口を変えたのか?」
ということである。
もし、同一犯人であれば、パターンを継承しようとするが、最初の犯行で、殺害できなかったことで、次は確実な線を狙ったとも感がられる。
そして、もう一つの疑問は、なぜ最初の被害者のとどめを刺すことなく、他の相手にターゲットを変えたのかということである。
最初から二人とも殺害するつもりだったとすれば、一人は殺し損ねたのだから、もう一度狙うというのが普通のように思うが、一度殺されかけているので、警察が見張っているだろう。先に第二の犯行を成功させて。捜査の目が無効に向いた時に、本懐を遂げようと考えたのだとすれば、それはすれで理屈に合っているような気がする。
その二つのことを皆おぼろげに感じているようだが。一番問題視していたのは、浅川刑事だった。
だが、考え方によれば、この犯人の考え方は、どこか支離滅裂のようで、実際には辻褄が合っているようにも思える。それを考えると、被害者がイヌを飼っていて、何かあれば構わずに管理人に連絡してほしいとまでいう用心深さも分かる気がする。
彼女が犯人を知っていて、
「ひょっとすると、殺されるかも知れない」
などと思うことがあれば、当然隣人にも助けを求めることになるかも知れないと思っていても不思議のないことだった。
イヌを飼っていたのも、隣人との間に危機回避を行うための作戦だけではなく、犯人を分かっていて、自分が殺されるようなことがあれば、相手を特定できると考えていたのかも知れない。
「たとえば、犯人がイヌ嫌いだったらどうなのだろう?」
と考えた。
なるほど、犬嫌いの相手が家にきて、自分に危害を加えるようなことになれば、イヌが表にいることで、自分の危機を隣人に教えることになるし、イヌを表に出しておくことで、
「犯人はイヌ嫌いなんだ」
ということを悟らせるという一石二鳥の意味があったのかも知れない。
「彼女の関係者の中の男性に、犬嫌いがいないかということも、捜査の中に入れておくことにしようと思う」
と、浅川刑事が言った。
これに対しては誰も反対意見をいう人はおらず、この話は全会一致であった。
ちょうどその時、鑑識からの報告が入った。その豊北署を読んでいた浅川刑事は、一瞬顔をゆがめて、
「どうやら、被害者は妊娠していたようだね。それもまだ分かるか分からないかの時期で、本人にその自覚があったのかどうか、難しいというくらいです。妊娠三か月未満という風に書かれていますね」
ということだった。
彼女が妊娠しているということになると話が少し変わってくる。これまでは河村あいりへの殺人未遂事件と結びつけることばかりを考えていたが、ひょっとすると、単独犯ということも考えられるからだ。
「少し、捜査方針が微妙になってきましたね。殺人未遂事件と切り離して考えなければいけないのかも知れない。まずは、この事件に関していえば、犬嫌いの男と、彼女の交友関係の中で、あいりさんと共通の関係にある人を探すことも忘れないようにしないといけないな」
と浅川刑事は言った。
「それともう一つ、産婦人科を探してみてくれないか? もし彼女が妊娠に気付いていれば、ひょっとすると産婦人科に行っているかも知れないからな」
と浅川刑事がいうと、
「産婦人科が何かあるんですか?」
と桜井刑事が訊いたが。
「もし彼女が妊娠していることに気づいたら、まずどうすると思う? 彼女は独身で、しかもアイドルなんだろう? アイドルというと、基本的には恋愛禁止というくらいに厳しい世界じゃないか。それが交際を飛び越して妊娠ということになると、彼女としてはどうだろう? 『はい、そうですか。妊娠したから、アイドルやめます』なんて、簡単にいくだろうか? まずは相手の男に心当たりがあるかどうかが先決で、心当たりがあれば、その男に子供ができたことを伝えるんじゃないか? そうすれば、どうなるか、もちろん、相手がどんな男かということにもよるんだけど、下手をすれば、修羅場になるか、あるいは、ボロ雑巾のように捨てられるかなどという悲惨な末路だってありえなくもない。ひょっとすると、今回の殺人も、子供ができたことで揉めたことが原因での、衝動的な殺人ということになるかも知れない」
と浅川刑事が言った。
「なるほど、時々芸能ニュースやドラマなどでよくあることとして、相手の男が下衆な場合も十分に考えられますね。特にひどいのは、付き合っていたのは、相手がアイドルだから付き合ったというやつ。アイドルのタマゴと付き合っていれば、売れた時の自慢になるというくらいの考えのやつもいたりする。そんなやつに、子供ができたなんていうと、たぶん、罵られるのがオチでしょうね。他にも男がいて、その男の種だとか、俺と別れたくないから、妊娠したなんて言ってウソをついているんじゃないかなんて言って、罵るやつがね。それでもしつこかったら、アイドルだから付き合っていただけで、愛してなんかいないと言って罵倒すれば諦めるとでも思っているかも知れないですね。さすがにそこまで言われると、そんなバカ男から離れようと思うかも知れないけど、妊娠ともなると、そう簡単にはいかない。男としては話をしていて最初の方からいい加減ウザいと思っているのに、さらに食い下がってくれば、足蹴にでもしたくなるかも知れませんね。でも、だからと言って、絞め殺したりなんかしますかね? 確かに修羅場になるかも知れないのは想像できますが」
と桜井刑事は言った。
「アイドルと妊娠。そして絞殺死体。これをいかに結び付けるか? それだけで結び付かなければ、川本あいりとの関係も洗う必要があるんだろうな。あくまでも我々が知っていることとして被害者の口から聞いた、二人は親友ということだけなんだ。川本あいりの方でどのように感じていたのか、今は記憶がない状態なので、彼女に聞くのは困難なのかも知れないが、他のアイドル仲間などに聞いてみる時に、二人の関係性と、被害者の男関係。そして、川本あいりが何かのクスリをやっているとすれば、暴力団関係、あるいは医療関係にも交友がないか、そのあたりも調べる必要があるだろうな」
と浅川刑事が捜査の幅について語っていた。
それについて異議のある人は誰もいない。
「じゃあ、それぞれに捜査の方、よろしくお願いします」
と言って、捜査会議を終了した。
浅川刑事は、すぐに、
「あっ、ちょっと」
と言って、紀一を呼び止めた。
「佐々木さん、今からK大学病院に行ってみようと思うのですが、ご一緒しませんか?」
と浅川刑事が言った。
「いいですよ。何か川本あいりに確認したいことでもあるんですか? 彼女の記憶は戻っていないんでしょう?」
「ええ、そうなんですが、少し確認したいことがありましてね」
と言って、二人は、K大学病院に赴いた。
あいりの担当医に話を訊きに行ったが、さほどの成果は得られないような気がした。
「川本さんの方はいかがですか」
と訊かれて、
「毒の方はだいう抜けてきているんですが、記憶や精神的なものはまだ回復というところまでは来ていませんね」
と医者が曖昧な言い方をした。
「今のおっしゃられ方だと、どうも曖昧な表現にしか聞こえないのですが、実際にはどうなんでしょう? 何か普通の記憶喪失ではないんじゃないですか?」
と浅川刑事が訊くと、
「ええ、おっしゃる通りです、これは医学的に立証されているわけではないので、根拠のないことなのですが、警察の方の捜査に役立てていただければと思って自論をいいますが、彼女の記憶喪失は作られた記憶喪失ではないかと思うんです」
と、衝撃的なことをわりとサラッと医者は口にした。
「どういうことでしょう?」
「彼女の服用した毒というのは、毒の中でも珍しく、服用してから化学反応を起こすようなものであって、臨床試験とすれば難しいものなんです。つまり人体実験をしないと、実際には立証できない。つまりこの新薬の開発は、法律的にも人道的にも許されるものではないんですね。ただ、この薬品は、正直にいうと、不治の病の特効薬になるんです。だから、誰かが犠牲になるか、それとも自らが覚悟で実験台になるかでないと、完成できない薬品なんです。私の見たところでは、ある程度までは完成しているようなのですが。臨床試験や人体にどのような効果があるかというところまではハッキリとしていないのではないかと思います。いろいろな意味を含めてこれは、最大の機密事項のはずなのに、この人は、こうやって生き延びていて、しかも病院に担ぎ込まれることになった。我々医学界からすれば、このことが世間に分かると大変なことになる。当然マスコミなどに知られるわけにもいかない。私がここで警察に話すことも本当はいけないのかも知れない。ただ幸いなことに、これは私の妄想だと言ってしまえばそれまでなんです、きっとこれを開発している秘密結社も、どうせ表の世界の医学や政治、警察などに、この秘密が分かるわけはないと思っているんでしょうね。実際にはそういうことですから。ただ、ここからが問題なのですが、これも多分になるんですが、このような薬の開発は一種類ではないような気がするんです。特に、服用時に混ざり合う形で薬の効果が出ているでしょう? つまり、その配合の割合に微妙なところで、効果がまったく違ってくると思うんです。だから、彼女のような被験者は他にもいるはずなんです。ただ、それが同じ不治の病への特効薬になるのか、それとも、伝染病のワクチンになるのか、そのあたりが、微妙なところであり、そういう意味でも、裏で相当なお金や利権が絡みあっていることも分かっています。きっと、このことが少しでも分かってしまうと、組織とすれば致命的ですので、一歩間違えると、消されてしまうなどということもあるかも知れないんですよ。私はハッキリ言って怖い。誰はどんな目で自分を見ているか分かりませんからね。殺されてしまうリスクはかなり高いと思っているんですが、かといって。このままいても、殺される可能性の高いところまで来てしまっている。後戻りはできないということで、これほど恐ろしい、綱渡りのような自分が存在していることを恐ろしく感じてしまうくらいですよ。それで、彼女の記憶喪失ですが、この薬の記憶だけはまったく思い出せないように細工してあると思うんですが、それだけに、他の記憶にどこまで影響しているかということまでは分かりません。今私が考えていることは、そのすべてが妄想であってほしいという思いでいっぱいです」
と医者は言った。
「勇気を持って言ってくださってありがとうございます。私もこの話はここだけにしておきましょう。今の話を訊いているだけで、それを知ってしまうと私も殺されることになりそうですからね」
と言って、浅川刑事は苦笑いをした。
正直彼も、ゾッとしてしまったに違いない。
「でも、不治の病の特効薬や伝染病のワクチンであるなら、世の中のためのものですよね。それを裏で開発していて、その利権を貪るなどというのは、許せないことですね。私も何と言っていいのか分からないところです」
「もし、この話が本当なら」
という但し書きがついたうえでの話であるが、服毒自殺あるいは、殺人の未遂事件が、まさかこんな裏が引っかかっていようとは思ってもみなかった。
「でも先生、今度の事件がそのことに直接関係があるんでしょうかね? もし彼女が被験者であったとすれば、組織は彼女をさらうくらいのことはしてもいいと思うんだけど、どこからも、そんな気配はない。ひょっとすると、先生の考えすぎなのかも知れませんよ」
と浅川は言ったが、自分の声が震えているのを感じていた。
「それならいいんですが」
とさらに顔色が悪くなった担当医だった。
「それにしても、一つビックリしたのは、被害者の由衣さんが妊娠していたということですね。本人には自覚があったんでしょうかね?」
と聞いてみると、
「それは何とも言えませんね。聡い人であれば気付くでしょうが、いろいろと行動的な女性だと自分の身体の異変にはあまり気付かないでしょうね。でも、今の兆候ではなく、最初から、つまり性行為の時から、怪しいと思って心配していれば、ちょっとした異変でも気になると思うんですよ」
と先生は言った。
「でも、そうなると、彼女は子供ができては困ると思ったのか、考え方としては、結婚できない相手、下手をすれば不倫の相手の子供だったとすれば……」
と、浅川は言ったが、思わず苦笑してしまった。
「まあ、それも勝手な想像ですから、何とも言えません。想像するのも自由ですけど、あまり誹謗中傷になるようなことはお控え願えればと思ってですね」
と、先生は彼女を擁護した。
「そうですね。これは刑事の性とでもいうんでしょうか。申し訳ない」
と自分でも痛々しい言い訳をしてしまった。
「あいりさんの方ですがね。記憶がなくなっていると言っても全部ではないんですよ。一部なんですが、ただ、それも肝心なことを覚えていないようで、しかも、それは都合のいい部分だけを忘れてしまっているようなんです」
と先生は言った。
「それじゃあ、記憶喪失はウソではないかと?」
「いえいえ、そんなことはいいません。逆に記憶喪失のふりというのは結構難しいと思うんですよ。何しろ、記憶を失った中でも、記憶がある部分もあるのだから、辻褄が合っていないといけない。そうなると、すべてを把握していて、まわりがどう考えるかも分かっていないと、ウソはつけませんからね。ウソをつくには、本当のことの中に隠すのがいいというではないですか。いわゆる『木を隠すなら森の中』とでも言わんばかりですよ。自分でも見紛うのだから、人が間違いないように誘導するのって、難しいですよね、だから、記憶喪失がウソという解釈は無理があると思うんですよ」
と医者がいう。
「だったら、どういうことになるんですか?」
という浅川の質問に、
「記憶の失い方を操作している何かがあるとでもいった方がまだ分かりやすいかも知れないですね。つまり、何かのマインドコントロールによる洗脳であったり。催眠術のようなものであったりということなんでしょうが、それも実際には難しいことではありますね。ただ、最近療法の中には、絶えず何かを連想させることで、自分の意識の中に。一つの辻褄、つまり事実ではないが、事実と思わせる架空の真実を作りあげることで、記憶のないその人に、考えた時に思い浮かんだことがまるで過去の事実であるかのように導くやり方ですね。そういうものが介在しているとすると、彼女の記憶は人によって作られたものということになり、記憶が戻ったとしても、それは信憑性のあるものだとは、とても思えないものになるのではないでしょうか?」
と先生は説明をした。
「なかなか難しい発想かも知れませんが、もし、マインドコントロールであったとすれば、彼女の記憶は戻る可能性はあるんでしょうか?」
と浅川が訊くと、
「マインドコントロールであっても、連想から作られる記憶であったとしても、それはあくまでも本当の記憶を覆い隠した上に、架空に作られた記憶でしかないんですよ。その記憶の下にはシートが敷いてあって、その下には、本当の記憶が眠っているというわけです。問題はどうやって架空の記憶を取り除き、シートを剥ぐかですよ。ただ、シートを剥いだだけではダメで、
元の記憶をいかに覚醒されるかということがカギになってくる。つまりは、何段階も踏まなければ記憶が戻ることはないということです」
と先生はいう。
「じゃあ、今回は特に難しいということでしょうか?」
という浅川に、
「いえいえ、そんなことはありません。記憶を失うというのは、どんなきっかけがあったとしても、現象は一緒なんですよ。シートがあって、その上にウソの、あるいは新たに作られていく記憶が乗っかっているだけなので、何重にも張り巡らされた年輪のようなものを剥いでいかないといけないのは同じなんです」
という話を浅川は遮るように、
「ちょっと待ってください。じゃあ、今新たにできた記憶は、彼女が過去の記憶を取り戻すと消えてしまうんでしょうか?」
と浅川が訊くと、
「いいえ、そんなことはない。逆に裏に回っただけです。この場合は時間が異なるので、両方同じ記憶の中に時系列で収めることはできます。ただ、辻褄は合っていないかも知れないので、組み込むのは難しいかも知れませんけどね」
と、先生は腕を組みながらそう言った。
それがどこまで信憑性のあるものなのかは分からない。医学的、心理学的にはある程度信じられているものであるとしても、、個人差というものもある。あくまでも信憑性は統計学の見地によるものでもあり、一概にはいえないということで、あくまでも、
「限りなく近い」
という表現になってしまうのだろう。
「ところで今回の記憶喪失なんですが、やはり作られたものだと言っていいんでしょうか?」
と浅川刑事は切り込んだ話をしてきた。
「私はそう思っていますけどね。ただ、それが同じマインドコントロールがあったとしても、最初はクスリがそのマインドコントロールを増強させるだけのものだったのかも知れませんが、今回のこの状況は、クスリの効果で洗脳するという力を持っているような気がするんです。もし、そうだとすると少し厄介な気がするんですよ」
と先生が言った。
「というと?」
「自分自身で心理的に蓋をするという一般的な記憶喪失であれば、意識が変われば記憶が戻ってきますよね? でも、自分の意志に関係なく、外的な意味での記憶喪失であれば、記憶を取り戻すには、その人の呪縛から解放されなければいけない。クスリにしても同じことだと思うんですが、そうなると、相手のあることであり。もし、催眠術を掛けた人間が、催眠術を掛けたままいなくなったり、死んでしまったりして、永遠にその人の前からいなくなったりすると、永遠に催眠に掛かったままになるのではないかとも思われるんです。それだけ催眠というのも、洗脳というのも強いものではないかと思えるんですよね」
と先生はいう。
「あいりさんの記憶というのが、催眠や洗脳の副作用だとすると、どうなんですか? まだ記憶が戻らないというのは、何かおかしいと思えるですが」
と浅川刑事は訊いた。
「そうですね。これはあくまでも私の考えでしかないのですが、クスリの影響もあるかも知れないので何とも言えませんが、洗脳を受けているのだとすれば、本来であれば、副作用はそろそろキレてきてもいいような気がするんです。それが消えないということは、彼女は記憶を失ってはいるが、意識の中で今の状況が消えることはないと思っているのかも知れません、つまりずっと洗脳状態が続いているということでしょうね」
と先生は言った。
「でも、何を目的の洗脳なのかも分からないし、洗脳している人間と、クスリを投与した連中とは同一なのかというのも分からない気がしますね。どうも彼女の記憶が消えた時点で、我々も踏み込むことができない気がします」
「それは、先入観というものがあるからではないでしょうか? こちらが踏み込むことができる領域は分かっているだろうから、ある程度までは踏み込ませて、そこでまわりから包み込むようにすれば、自分たちがなぜ、あるいは、どこに踏み込もうとしたのかすら分からない状態にされてしまう。本当は入り込んでしまってはいけないエリアに入り込んでしまい、まわりからの集中砲火に遭い、全滅してしまうというのは、戦争などでよくある話ですよね?」
先生の話は次第に横道に逸れていくようにも思えたが、説明を受けて納得できるたとえを訊くのであれば、これくらいの横道は無理もないことのように思えた、浅川刑事であった。
「そういえば、あいりさんと、殺害された由衣さんの間で、何か三角関係のようなものがあったらしいんですよ」
と、桜井刑事が言った。
この話は、捜査本部では、なるべく最後まで関係者には秘密にしておこうというのを話し合ったばかりなのに、何を思ったのか、桜井刑事は口にしてしまった。
「若いお嬢さんのことなので、それくらいのことはあっても当然なのではないでしょうか」
と顔色を変えることもなく、そう先生は言ったが、それに構うことなう桜井刑事は話を続けた。
「元々は、あいりさんがその男と付き合っていたんですが、由衣さんがメジャーデビューするという話から、彼女に乗り換えたという話なんです」
と話し始めた桜井を見て、
――そんな話どこから出てきたんだ? ハッタリなのか?
と思ったが、桜井は先生の何かに違和感を抱いたので、わざと作り話で誘導しているのかも知れないと思った。
浅川も先生の様子をみていたいので、桜井にもう少し、妄想を語らせてみる気になっていた。
「それでですね。あいりさんの方とすれば、それほどその男のことを愛していたわけではないということで、欲しければくれてやるというくらいに思っていたようなんです。その方が自分も外見上都合がいい。下手に慌てると、自分は『ライバルに男を寝取られ、しかも、メジャーデビューも先起こされた惨めな女』というレッテルを貼られるのは目に見えている。一時の感情を抑えることができれば、『あいりは大人の対応ができる女で、男の移り気にも冷静に対応でき、メジャーデビューも満を持して堂々とできるんじゃないか』という評判になるかも知れない。都合がよすぎる解釈ではあるが、罵声を浴びて、誹謗中傷を受けることはない、少なくとも悲劇のヒロインにはなれるでしょうね」
と言った。
一体どういう意図をもって、この話をしたのか、いや、桜井刑事が本当にこの話をしたかった相手が誰なのか、それが浅川刑事には怪訝であった。先生にだけしたかったのか、それとも、佐々木元警部にしたかったのか、である、
この話を紀一は知らない。紀一が捜査本部から帰った後にもたらされた情報だった。
しかも、ここまでハッキリと分かったわけではない。どちらかというと、かなりの内容を桜井刑事が盛った気がする。
どうも先生にだけこの話をして、先生からどんな話が訊かれるのか、そのメリットから考えると、捜査本部で少しの間、オフレコにするという方針を無視するだけのリスクがどこにあるというのだろう。
確かにその場に桜井刑事もいた。もっとも、その場にいなければ、この話だって聞けるわけはないのだ。
それを考えると、どうも桜井刑事の言動は疑問に残るところがある。いくら紀一に対して、佐々木元警部という人は、かつての自分を罵倒した憎き相手だという思いが、執念として残っているということであろう。
「公私混同しているのか?」
と思ったが、何かに桜井刑事も操られているのではないかと思った。
――まさか、マインドコントロール?
と考えたのは、あまりにも先生が洗脳、マインドコントロールを今回の記憶喪失に結び付けて話をしたからだろうか。そういう意味で、桜井は、先生の催眠術なのか、洗脳なのかに引っかかっているのではないかと思えてならない。
――となると、やらせのようなもの?
と言っていいのだろうか?
余計に先生に対してのプレシャーというよりも、紀一に対してのプレッシャーに思えてならないのだった。
そして、浅川はもう一つの懸念があった。
――洗脳や、催眠が記憶喪失を作ったという方に流れが向きかかっているのだが、問題はクスリの効果ではないか?
ということであった。
先生の話を訊いていると、話をクスリのことから洗脳に移行させて、クスリに夜効果よりも、精神的なところに話をし風呂させようとしているのではないかと思えてならないのだった。
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